悪女の私を、ご所望なのでしょう?

09-噓ばかりの経歴書

 そうして、悪女として――主に、ディル殿下とメイベルさんの恋路を邪魔する、という意味の――振る舞いはじめて、2年が経った。

 ――意外と短いものね……

 まだ時間が早いからかほとんど人のいない講義室で先生を待ちながら、私は窓の外の空を見やった。
 学園に入学してから丸2年、それすなわち、もう3年生になるというわけだ。
 この学園は三年制だから、今年が最終学年。
 基本的に公爵や侯爵といった上位に位置する爵位の子息は、そのまま生家に戻りお家の仕事を手伝い、令嬢は結婚の本格的な準備を始める。
 私も含めて、上位貴族の子供たちはすでに結婚話が決まっていることが多いからだ。
 対して、子爵や男爵といった下位の貴族は少し話が変わってくる。
 彼らも上位貴族と同じく生家に戻って家業を手伝ったり結婚の本格的な準備をしたりするが、半分程度の子供たちは上位貴族のもとで、付き人や侍女として仕事に就くのだ。
 貴族の中でなるべく上位のところで働くことによって、自身にはしっかりと箔がつき、よりよい条件で結婚したり、評判によって家業がうまくいったりする……ということらしい。

 ――……待って?

 私は上位貴族と同じく、このまま生家に戻って結婚の話を始めることになる。
 しかしディル殿下はメイベルさんに懸想していて、そもそも今の婚約自体はいずれ解消になることがほぼ確実。

「私も、働き口とか探したほうがいいのかしら?」
「エレーヌ様? いかがされました?」

 思わずつぶやくと、隣に座っていたアイリーヌ様が心配そうにこちらを見つめていた。

「あ、申し訳ないですわ。少し考えごとを……」
「それはやはり、殿下との婚約、ですの?」

 声をひそめる彼女に、私は肩を竦めながらかすかに頷く。
 普通、この学年になると婚約者とすでに親交を重ね、ご両親とも仲を深めていることがほとんど。
 しかし私の場合は違う。
 ディル殿下とは、あの屈辱の再会のときと、一部の夜会で一瞬顔を合わせた程度。
 王城にあるディル殿下のお部屋に招待されたこともなければ、おそらく出入りすら禁止されているようで、いまだかつて案内されたことがない。
 ディル殿下のお母様である王妃殿下とは夜会やお茶会でご挨拶をしているが、国王陛下とはほとんどお会いしていない。
 これに関しては、私が、というよりは、お父様やお母様が、私が国王陛下とお会いするのをわざと敬遠している、というのがあるらしい。
 まぁ、自分の娘にとんでもない縁談持ってきた男に会わせたくはないわよね。私だってそうするわ。
 アイリーヌ様が眉尻を下げたまま話を深堀りしようとしたとき、廊下が少しずつざわめき始める。
 おそらく、学生たちが講義室にぞろぞろとやってくる時間だろう。
 講義室にかかった時計を見ると、授業まであと10分。良い頃合いだ。

「今のところ大丈夫ですから、ご安心なさって」
「で、でも……」

 アイリーヌ様の会話をやんわりと遮りながら、私はにっこりと笑みを浮かべて彼女を見る。
 彼女の心配そうな表情は変わらないままだったが、講義室に入ってくる人たちを見ると一度ため息をつき、「そういえば、今こんな文具が流行っているんですのよ」と話題を変えてくれた。
 彼女には本当に助けられている、と実感しながら、講義が始まるまでの時間を潰したのだった。



「メイベルさんが、我が家の侍女に応募を……?」

 その日の講義を終えて家に戻ると、眼鏡をかけたお母様が少しくしゃくしゃになった紙を手に持ち、私に見せてくれた。

「基本的に我が家は侍女を求めていないのだけど、どうやらバトレに無理やり手渡したみたいよ。そして、彼がすぐに処分しようとしたところを、もらってきたの」

 バトレ、とは我が家の家令。
 基本的に彼は屋敷の外には出ず、屋敷の外に出るときは侍女や庭師の仕事の最終確認程度だから、そこを狙ったのだろう。
 とはいえ、懸念事項はたくさんある。

「我が家の侍女なんて、できるのかしら」
「さぁ? ちなみにこの子、学園ではどんな感じなの?」
「どうもこうも……彼女、授業には参加されていないのでわかりませんわ」
「……そもそも卒業できるのかしら」

 実は学園は留年制度や退学制度があり、試験の点数が著しく低かったり成績向上が見られない場合は、留年させたり、退学させたりすることができる。
 もちろん自分から退学すること自体はできるけれど、ここでの成績はこれからの生活に関わるので、そんなことをする奇特な人はいない。
 ……ディル殿下を除いて。

「どうでしょう……でも、ご自身で退学されたディル殿下に懸想されているのですから、もしかしたら勇退などとおっしゃって退学される可能性もありますわ」
「なるほどね……ちなみにこの欄に書かれている『成績優良者』というのは本当?」
「…………」

 お母様が書類を見せながら聞いてくるので、私は黙って首を横に振った。
 試験の点数が壁に貼りだされるこの学園において、そんな大ウソをつくとは思わなかった。
 メイベルさん、そもそも上位成績者どころか、補講常連だったはず……

「ずいぶんと自信をお持ちの方、ということね」

 ため息をついて呆れた様子のお母様に、何も返すことができない。
 苦笑しながらお母様を見ていると、お母様は「よし」と言って、眼鏡を外した。

「この子、試用で働かせてみるわ」
「…………えっ!?」
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