悪女の私を、ご所望なのでしょう?

04-貴族のやり方

 私はぎゅっと手を握り、お母様とお父様を交互に見やる。

「私は……お父様やお母様のこのオストガロ公爵家を馬鹿にした殿下に、見返したい……でも――」

 そう言い、口を閉じた。
 この国の王家と貴族家の関係性は、お父様と国王陛下の関係性を見ての通り。
 王家が絶対的な力を持っていて、貴族家はそれに準ずる権力や富などを持ってはいれど、王家とは比べものにならないほど低い。
 この国で一番権力を持っている公爵家でこれなのだから、他の貴族家がどうなのかは推して知るべしだ。

 ――私は、ディル殿下に一泡吹かせたい。

 ただ、単純に同じことをやり返してしまえば、良くて死罪、悪くてお家取り潰しで、お父様やお母様どころか、領地の方々に迷惑をかけてしまう。
 とはいえ、このまま馬鹿にされっぱなしでは、こちらも面目というものがある。

『王子のもとに貴族の令嬢が嫁いだものの、令嬢は実家に暮らしていて、王子は平民の女性を家に囲っている』

 どううまくごまかそうにも、醜聞にしかならないのだ。
 私たち貴族は15歳になる年から3年間、貴族である人間が人間関係を構築したり、しきたりやマナーを学んだりする学校、レンミル学園に通うことになっている。
 そこで嘲笑の的になるのは、必至だろう。
 でも、行動に移すよりも我慢したほうが、おそらく迷惑がかかる人間が少ない。
 私が我慢をすれば――

「エレーヌ」
「お母様……」
「私たちのことは、心配しなくていいんだ」
「……お父様も」

 そんな考えに耽っていると、お母様がぎゅっと私の手を握った。
 お父様も私の右隣にやってきて、もう片方の手をそっと優しく握ってくれる。
 私は再び二人を見やってから、俯いた。

「でも、お母様やお父様だけでなく、領地に住む方々にご迷惑がかかってしまいます」
「たしかに、エレーヌだけで事を動かそうとするのであれば、そうなるな」
「私たちがこれまで貴族として、どうやって過ごしてきたのだと思う?」

 突然の問いに、目をしばたたかせ、首を傾げる。
 貴族としてどうやって過ごしてきたのか……だなんて、考えたことがない。
 答えが出てこない私の様子を見たお母様は、ふふん、とわざとらしく胸を張りながら、口を開いた。

「貴族っていうのはね、喧嘩を売ってきたやつには容赦しない。そしてあらゆる手を使って、その本人だけをぶちのめすのよ」
「……コホン。レディ、少々口が悪いのではないかな」
「あら失礼。でも、言っていることは本当のことよ」
「まぁ、そうだな」

 そう言い、お父様が頷く。

「エレーヌも知っての通り、領民を統括するという仕事のある貴族は、プライドが非常に高い。それゆえ、面子を潰された場合は、それ相応のお返しをしてさしあげるのだ」
「え、ええ。それは存じておりますけど……」
「ただ、相手の家や領地を潰すのは許されないのだ。ただプライドを傷つけられただけで、領民の方や家の方に危害を加えるということはあってはならない」
「だから、その本人だけをぶちのめす術に長けてる……ってわけ!」

 楽しそうに言うお母様を見て、お父様が「コホン」と再び咳き込むが、お母様はウィンクをして茶目っ気たっぷりになるだけだった。

「そして、さも見知らぬ顔で相手に『大変だったな』と言うのが、貴族のお返しのやり方だ」
「決して事を荒立たせたり、法に触れたりはしない。それが私たちのやり方よ。幸いにも、お得意な方がいらっしゃるから、安心なさいな」
「お得意って…………もしかして、お父様?」

 お母様の視線を辿ってお父様を見る。
 しかしお父様は楽しそうに、肩を竦めるだけだった。

「俺は我が愛娘が馬鹿にされるのを見ているだけだなんて、ごめんだからな」
「あら、私もよ」

 そんなことを言いながら優しく私を守ってくれる両親を見て、なんだか目頭が熱くなってきてしまった。
 不安な思いが、幾分か和らいだ気がする。
 ハンカチで目尻に溜まった雫を拭っていると、お母様が今度は私の手をぎゅっと握り込んで、覗き込んできた。
 そのお顔は、好戦的にも、私を鼓舞してくれるようにも見えた。

「エレーヌは、どうしたい?」
「私は――」

 今度はしっかりと言えた私の答えを聞いて、お母様とお父様は深く頷く。
 そして、ぎゅっと抱きしめてくれた。

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