悪女の私を、ご所望なのでしょう?
05-反撃開始
***
翌年。私はこれまでの貴族と同じように、レンミル学園に入学となった。
そして、ディル殿下のおっしゃったように、”本当の恋を邪魔する人間”の振る舞いをすることに決め、入学前にお母様やお母様のお知り合いの夫人に教えてもらったのだった。
学園に通ってすぐのこと。
一人で歩いていたところをメイベルさんに廊下で体当たりをされかけて、ひらりとドレスをひるがえし避けた。
彼女とは別にそう体格の差はないけれど、死角から急に突進されては怪我することもあるから、お母様のお知り合いに体術を学んでおいてよかったわ。
「いったーい! エレーヌさんにぶつかられたぁ~!」
「はぁ……それよりも、メイベルさん。廊下を走るだなんて、はしたないですわ」
「う、ぐすっ……どうしてエレーヌさんは、私ばかり虐めるのぉ……?」
「まぁ、虐めているだなんて……」
一人で突進してきて、一人で転び、そしてひとりでに泣きはじめる彼女。
そして、彼女の大声を聞いて、そばにいた生徒たちが様子を見にやってきてしまった。
「どうかしたのか?」
上級生とおぼしき学生が、こわごわと私たちを囲みながら見る集団から進み出てくる。
私は肩を竦めながら、首を横に振った。
「この方が廊下を走っていて、そこで転んでしまわれたみたいで」
「違うわ~! あなたが私にぶつかってきたんじゃない!」
「あら、嘘を言ってはいけないわ、メイベルさん」
私は持っていた扇子を広げて口元を隠し、目を細めてうずくまる彼女を見下ろす。
「ディル殿下の婚約者である私が、そんなことをするわけがないじゃない」
「そ、そんなはずがないわ! ねえ先輩、ちゃんと判断してくださいよっ!」
すると、メイベルさんは目尻に涙を浮かべたまま、こちらを睨みつけてきた。
ディル殿下のお名前を出すだけで、それはもうたいそう大きく騒ぎ立てるものだから、どんどんと人が集まってきてしまう。
「エレーヌさん! あなた、私とディルさまの仲が良いからって、ひがんでるんでしょ! だから私のことを虐めるんだわ!」
「そうね。たしかにあなたはディル殿下ととても仲が良いわ。……でもディル殿下と婚約しているこの私が、ただ仲が良いだけのあなたにひがむ理由なんて、ないと思うのだけれど」
「そんなことないわ! あなたなんてディルさまと会ってすらいないくせに!」
彼女の言葉で辺りが少しざわつく。
それはそうだ。
私とディル殿下が婚約しているというのは、すでに周知されている。
それなのにメイベルさんが、まるで『私とディル殿下はすでに疎遠で、ディル殿下はこの平民と逢瀬を重ねている』だなんてことを言うものだから。
……まぁ、それが作戦の一つで、わざと人がたくさんいる中でエレーヌさんの言葉を引き出そうとしているのだけど。
「まぁ! どうして会っていないとわかるのかしら」
「……なんですって?」
「あなたがいないときに出会っているって、どうしてお考えにならないのかしら?」
口端を上げて彼女を見下ろすと、彼女は顔を真っ赤にして立ち上がり、私につかみかかる。
「そんなはずがないでしょ! 私とディルさまの恋を邪魔する悪女め!」
「……考えてほしいのだけれど……、ディル殿下と正当な婚約者である私の関係を壊そうとする、あなたのほうが悪女ではないかしら」
挑発的に見えるように目を細めて、にんまりと笑う。
普段こんな笑い方ははしたないからやらないのだけど、今だけはメイベルさんに刺さるように頬を全力で吊りあげる。
「ねえ、悪女さん?」
「――――っ! 違うわ、あなたのほうが悪女なのよ!!」
そう叫ぶと、メイベルさんは足音荒くその場から離れてしまった。
残ったのは、呆然とする周囲の生徒たちと、ポツンと残された私。
しかしちょうどその時、授業が始まる5分前の鐘が鳴り、ぞろぞろと人が減っていく。
「エレーヌ様……大丈夫ですか?」
「え? あ、ええ。ご心配には及びませんので、ご安心なさって」
声をかけてくれたのは、隣の席ということで仲良くなった、アイリーヌ様。
彼女の生家であるプラフィルト侯爵は、侯爵が貴族でありながらも商家であり、貴族だけでなく平民にも多大な影響を持っている。
艶めく金髪に青色の瞳はまるでお人形さんのようなのだけれど、目尻が吊り上がった風貌は彼女のお転婆さを感じさせる。
「なら良いのですけれど……でも悪女だなんて、小説以外で初めて聞きましたわ」
「たしか平民の中では、王子の結婚相手である悪女を断罪して、平民が王子と結婚する……といったお話が流行っているんでしたっけ?」
「まぁ、よくご存じですわね!」
私たちは授業が行われるお部屋に向かって歩きながら、話を続ける。
「とはいえ、あれはあくまで空想のお話。現実に持ってくる人がいるだなんて、思いませんでしたわ」
「アイリーヌ様は、そのお話をお読みになったことがありますの?」
「ええ、もちろん! 我がプラフィルト侯爵家は、平民の流行に貴族一わかっていないといけないわけですから!」
そう話しながら歩を進めると、すぐに目的の部屋へとたどり着く。
というか、そもそもメイベルさんにぶつかられそうになったときは、教室に向かおうとしていたのよね。
定位置に座り、授業で使用する教材を机の上に並べる。
これから始まるのは宗教学。この世界にある宗教について学びつつ、この国で信仰されている宗教について、知識を深める学問。
すぐに担当の教師がやってきて授業が始まる。
丸眼鏡をつけた女性の教師はロックベリー先生。
あまり感情が表情にでない方で、さらに端的に物事を言う方だから、よく厳しそうと言われることが多いが、ただまわりくどい言い方をしないだけで、普段はとても優しい教師だ。
先生はすぐにとある一角を見てかすかに眉根を寄せた。
「またそこは休みか……」
視線を向けた先にあるのは、2つの空席。
「殿下と、メイベルさんか。……エレーヌさん、殿下は今日は体調不良ですか?」
「えっと……」
ディル殿下はおそらく、どこかのお部屋か、お城の私室でお好きなことをやっているのでしょう。
そして私は彼の婚約者の立場なので、先生が聞いてくるのも無理はない。
普段なら「おそらくそうかと思います」と答えている。
しかし先ほどのメイベルさんのこともあるので、少しメイベルさんの暴露に説得力を付け加えることにしてみた。
「エレーヌさん?」
「あ、申し訳ございません! ……実は私もわからなくて……」
「そうか。ではひとまず病欠にしておこう」
ただこの一言だけでいい。
これで、本当に私とディル殿下は疎遠で会っていない、という噂に拍車をかけることができるはず。
……噂ではなく、実際ディル殿下とはあの屈辱の出会い以降会ってないから、本当のことではあるのだけれど。
「しかし困ったな。このままでは……まぁそれはいい。じゃあ授業を始める」
そう言って、先生は前回の授業のおさらいから話し始めた。
結局、その日はメイベルさんもディル殿下も、授業に姿を見せることはなかった。
翌年。私はこれまでの貴族と同じように、レンミル学園に入学となった。
そして、ディル殿下のおっしゃったように、”本当の恋を邪魔する人間”の振る舞いをすることに決め、入学前にお母様やお母様のお知り合いの夫人に教えてもらったのだった。
学園に通ってすぐのこと。
一人で歩いていたところをメイベルさんに廊下で体当たりをされかけて、ひらりとドレスをひるがえし避けた。
彼女とは別にそう体格の差はないけれど、死角から急に突進されては怪我することもあるから、お母様のお知り合いに体術を学んでおいてよかったわ。
「いったーい! エレーヌさんにぶつかられたぁ~!」
「はぁ……それよりも、メイベルさん。廊下を走るだなんて、はしたないですわ」
「う、ぐすっ……どうしてエレーヌさんは、私ばかり虐めるのぉ……?」
「まぁ、虐めているだなんて……」
一人で突進してきて、一人で転び、そしてひとりでに泣きはじめる彼女。
そして、彼女の大声を聞いて、そばにいた生徒たちが様子を見にやってきてしまった。
「どうかしたのか?」
上級生とおぼしき学生が、こわごわと私たちを囲みながら見る集団から進み出てくる。
私は肩を竦めながら、首を横に振った。
「この方が廊下を走っていて、そこで転んでしまわれたみたいで」
「違うわ~! あなたが私にぶつかってきたんじゃない!」
「あら、嘘を言ってはいけないわ、メイベルさん」
私は持っていた扇子を広げて口元を隠し、目を細めてうずくまる彼女を見下ろす。
「ディル殿下の婚約者である私が、そんなことをするわけがないじゃない」
「そ、そんなはずがないわ! ねえ先輩、ちゃんと判断してくださいよっ!」
すると、メイベルさんは目尻に涙を浮かべたまま、こちらを睨みつけてきた。
ディル殿下のお名前を出すだけで、それはもうたいそう大きく騒ぎ立てるものだから、どんどんと人が集まってきてしまう。
「エレーヌさん! あなた、私とディルさまの仲が良いからって、ひがんでるんでしょ! だから私のことを虐めるんだわ!」
「そうね。たしかにあなたはディル殿下ととても仲が良いわ。……でもディル殿下と婚約しているこの私が、ただ仲が良いだけのあなたにひがむ理由なんて、ないと思うのだけれど」
「そんなことないわ! あなたなんてディルさまと会ってすらいないくせに!」
彼女の言葉で辺りが少しざわつく。
それはそうだ。
私とディル殿下が婚約しているというのは、すでに周知されている。
それなのにメイベルさんが、まるで『私とディル殿下はすでに疎遠で、ディル殿下はこの平民と逢瀬を重ねている』だなんてことを言うものだから。
……まぁ、それが作戦の一つで、わざと人がたくさんいる中でエレーヌさんの言葉を引き出そうとしているのだけど。
「まぁ! どうして会っていないとわかるのかしら」
「……なんですって?」
「あなたがいないときに出会っているって、どうしてお考えにならないのかしら?」
口端を上げて彼女を見下ろすと、彼女は顔を真っ赤にして立ち上がり、私につかみかかる。
「そんなはずがないでしょ! 私とディルさまの恋を邪魔する悪女め!」
「……考えてほしいのだけれど……、ディル殿下と正当な婚約者である私の関係を壊そうとする、あなたのほうが悪女ではないかしら」
挑発的に見えるように目を細めて、にんまりと笑う。
普段こんな笑い方ははしたないからやらないのだけど、今だけはメイベルさんに刺さるように頬を全力で吊りあげる。
「ねえ、悪女さん?」
「――――っ! 違うわ、あなたのほうが悪女なのよ!!」
そう叫ぶと、メイベルさんは足音荒くその場から離れてしまった。
残ったのは、呆然とする周囲の生徒たちと、ポツンと残された私。
しかしちょうどその時、授業が始まる5分前の鐘が鳴り、ぞろぞろと人が減っていく。
「エレーヌ様……大丈夫ですか?」
「え? あ、ええ。ご心配には及びませんので、ご安心なさって」
声をかけてくれたのは、隣の席ということで仲良くなった、アイリーヌ様。
彼女の生家であるプラフィルト侯爵は、侯爵が貴族でありながらも商家であり、貴族だけでなく平民にも多大な影響を持っている。
艶めく金髪に青色の瞳はまるでお人形さんのようなのだけれど、目尻が吊り上がった風貌は彼女のお転婆さを感じさせる。
「なら良いのですけれど……でも悪女だなんて、小説以外で初めて聞きましたわ」
「たしか平民の中では、王子の結婚相手である悪女を断罪して、平民が王子と結婚する……といったお話が流行っているんでしたっけ?」
「まぁ、よくご存じですわね!」
私たちは授業が行われるお部屋に向かって歩きながら、話を続ける。
「とはいえ、あれはあくまで空想のお話。現実に持ってくる人がいるだなんて、思いませんでしたわ」
「アイリーヌ様は、そのお話をお読みになったことがありますの?」
「ええ、もちろん! 我がプラフィルト侯爵家は、平民の流行に貴族一わかっていないといけないわけですから!」
そう話しながら歩を進めると、すぐに目的の部屋へとたどり着く。
というか、そもそもメイベルさんにぶつかられそうになったときは、教室に向かおうとしていたのよね。
定位置に座り、授業で使用する教材を机の上に並べる。
これから始まるのは宗教学。この世界にある宗教について学びつつ、この国で信仰されている宗教について、知識を深める学問。
すぐに担当の教師がやってきて授業が始まる。
丸眼鏡をつけた女性の教師はロックベリー先生。
あまり感情が表情にでない方で、さらに端的に物事を言う方だから、よく厳しそうと言われることが多いが、ただまわりくどい言い方をしないだけで、普段はとても優しい教師だ。
先生はすぐにとある一角を見てかすかに眉根を寄せた。
「またそこは休みか……」
視線を向けた先にあるのは、2つの空席。
「殿下と、メイベルさんか。……エレーヌさん、殿下は今日は体調不良ですか?」
「えっと……」
ディル殿下はおそらく、どこかのお部屋か、お城の私室でお好きなことをやっているのでしょう。
そして私は彼の婚約者の立場なので、先生が聞いてくるのも無理はない。
普段なら「おそらくそうかと思います」と答えている。
しかし先ほどのメイベルさんのこともあるので、少しメイベルさんの暴露に説得力を付け加えることにしてみた。
「エレーヌさん?」
「あ、申し訳ございません! ……実は私もわからなくて……」
「そうか。ではひとまず病欠にしておこう」
ただこの一言だけでいい。
これで、本当に私とディル殿下は疎遠で会っていない、という噂に拍車をかけることができるはず。
……噂ではなく、実際ディル殿下とはあの屈辱の出会い以降会ってないから、本当のことではあるのだけれど。
「しかし困ったな。このままでは……まぁそれはいい。じゃあ授業を始める」
そう言って、先生は前回の授業のおさらいから話し始めた。
結局、その日はメイベルさんもディル殿下も、授業に姿を見せることはなかった。