小鳥の爪―転生寵姫は2番目の恋に落ちる―
第28話 幸せの部屋(2/6)
◆
揺吟堂の寝殿近くの地下に、フェイリンはいた。雨漏りの補修ではなく、抜け道の補修をするためだ。
抜け道はどうやら、昔住んでいた妃が作ったらしい。古参の宮女がその存在を知っていて、妃の盾の侍女がフェイリンへ教えてくれたのだ。
フェイリンは、土壁のにおいと湿った空気の中、わずかな油灯の光を頼りに作業していた。崩れかけた柱を支えながら、新しい柱を押し込む。
フェイリンが一息ついた途端、琴の音とともに、シャオレイの歌声がかすかに流れ込んできた。それは、天から落ちる恵みの雨のようだった。
その歌声が、フェイリンを土と埃の中から引き上げていった。
フェイリンがそっと隠し扉を押してシャオレイの寝所に出ると、そこには光が満ちていた。花のような甘いにおいが、フェイリンの鼻先をくすぐる。
琴房からこぼれてくる歌を、フェイリンはぼんやりと聴いていた。
その歌は自分へ向けたものじゃないと、フェイリンは知っていた。それでも、自分ひとりのために贈られていると思いたかった。
やがて、歌が終わり、拍手が弾けた。
その瞬間、フェイリンの幻想が消えた。
フェイリンが何気なく寝台に顔を向けると、整えられた絹の布団が目に飛び込んできた。フェイリンは、一瞬だけその刺繍に目を留め――すぐに視線をそらした。
そこには2羽の鵲《カササギ》が、きらびやかな糸で睦まじく描かれていたからだ。シャオレイがゼフォンにねだった、夫婦円満の象徴だ。
壁には、並蒂蓮《へいていれん※》の掛け軸があった。それもまた、夫婦円満の象徴だ。 [※1本の茎に2つの花が咲く蓮の花]
そしてその隣には、”心心相印《しんしんそういん》”と書かれていた。”愛し合っている男女が自然に心と心が通い合う”という、少し俗っぽい言葉だ。
その格のある筆遣いで、フェイリンはすぐに、その筆跡の持ち主がゼフォンであることを悟った。――シャオレイがゼフォンにねだって、書き入れてもらったことも。皇帝自らが、したためる言葉では無いからだ。
この部屋は、シャオレイの幸せな愛の願いでできている。
シャオレイはひとりの夜も、掛け軸を眺め、布団に挟まれ、ゼフォンへの愛を抱えて眠る。
そこに自分の入り込む余地は無い――フェイリンは、そう思い知らされていた。
遠くから、夫人たちの歓声が響いていた。
◆
揺吟堂の寝殿近くの地下に、フェイリンはいた。雨漏りの補修ではなく、抜け道の補修をするためだ。
抜け道はどうやら、昔住んでいた妃が作ったらしい。古参の宮女がその存在を知っていて、妃の盾の侍女がフェイリンへ教えてくれたのだ。
フェイリンは、土壁のにおいと湿った空気の中、わずかな油灯の光を頼りに作業していた。崩れかけた柱を支えながら、新しい柱を押し込む。
フェイリンが一息ついた途端、琴の音とともに、シャオレイの歌声がかすかに流れ込んできた。それは、天から落ちる恵みの雨のようだった。
その歌声が、フェイリンを土と埃の中から引き上げていった。
フェイリンがそっと隠し扉を押してシャオレイの寝所に出ると、そこには光が満ちていた。花のような甘いにおいが、フェイリンの鼻先をくすぐる。
琴房からこぼれてくる歌を、フェイリンはぼんやりと聴いていた。
その歌は自分へ向けたものじゃないと、フェイリンは知っていた。それでも、自分ひとりのために贈られていると思いたかった。
やがて、歌が終わり、拍手が弾けた。
その瞬間、フェイリンの幻想が消えた。
フェイリンが何気なく寝台に顔を向けると、整えられた絹の布団が目に飛び込んできた。フェイリンは、一瞬だけその刺繍に目を留め――すぐに視線をそらした。
そこには2羽の鵲《カササギ》が、きらびやかな糸で睦まじく描かれていたからだ。シャオレイがゼフォンにねだった、夫婦円満の象徴だ。
壁には、並蒂蓮《へいていれん※》の掛け軸があった。それもまた、夫婦円満の象徴だ。 [※1本の茎に2つの花が咲く蓮の花]
そしてその隣には、”心心相印《しんしんそういん》”と書かれていた。”愛し合っている男女が自然に心と心が通い合う”という、少し俗っぽい言葉だ。
その格のある筆遣いで、フェイリンはすぐに、その筆跡の持ち主がゼフォンであることを悟った。――シャオレイがゼフォンにねだって、書き入れてもらったことも。皇帝自らが、したためる言葉では無いからだ。
この部屋は、シャオレイの幸せな愛の願いでできている。
シャオレイはひとりの夜も、掛け軸を眺め、布団に挟まれ、ゼフォンへの愛を抱えて眠る。
そこに自分の入り込む余地は無い――フェイリンは、そう思い知らされていた。
遠くから、夫人たちの歓声が響いていた。