小鳥の爪―寵姫は2番目の恋に落ちる―
第3話 暴れ猫と刺客(4/5)




 シャオレイは狐につままれたような顔で、琴房《きんぼう※》の長椅子に身を預けた。 [※楽器を弾く部屋]
 全身に汗をかき、大舞台を終えた後の疲れがどっと襲う。

「内通者にすら気づかなかったのか」

 突然の背後からの低い声に、シャオレイは驚いて振り向いた。
「あなたは……!」

 声の主は、フェイリンだった。
 フェイリンの口元を覆っていた布は無く、顔があらわになっていたが、鋭い目つきは同じだった。
 昨夜乱れていたフェイリンの髪は整えられ、黒布の帽子がぴたりと被せられている。折り目一つない宦官の衣に身を包んだ姿は、フェイリンが刺客であることを微塵も感じさせなかった。

 シャオレイが言った。
「どちらへ行ってたのですか!?あの猫はどういうことでしょう?」

「俺の問いに答えろ」

「……おっしゃる通り、気付きませんでしたわ」

「妖女の予言も、あてにはならんな」

「あいにく、取るに足らない出来事は予言できないものでして。
それでは私の問いに――」

 ふと、シャオレイの視線が、フェイリンのあごのひっかき傷に止まる。
「それ……!」

 シャオレイに指された瞬間、フェイリンは顔をそむけた。

 シャオレイはしばらく考え、にっこりと笑った。
「謎が解けました」

 彼女は寝所からおしろいを持ってきて、フェイリンを無理やり長椅子へ座らせた。てきぱきと彼の傷をおしろいで隠す。

「いらん」

「ひっかき傷の宦官は目立ちますわよ。
昨夜は無かった、あごのひっかき傷。そして、大きな暴れ猫。
――あなた様が猫を捕まえて、蔵へ入れてくれたのですね。
”私が暴れ猫を捕まえた”と見せかけるために……」

「昨夜の借りを返しただけだ」

 フェイリンの言葉に、シャオレイは急に吹き出した。口元を手で隠し、くすくすと肩を揺らす。

 そんな彼女を、フェイリンはじろりとにらんだ。
「何がおかしい」

「あなたがあんまりにも義理堅いから……感動したのです……」
 シャオレイは媚びを忘れて、屈託なく笑っていた。妖女でも、後宮の女でもない――ただの、女の顔。

 フェイリンは腕組みをしてそっぽを向いたが、わずかに動揺していた。
(メイレンを狙う女が、こんな顔をするとは。いや、惑わされるな……こいつは妖女だ)

< 20 / 31 >

この作品をシェア

pagetop