小鳥の爪―寵姫は2番目の恋に落ちる―
第3話 暴れ猫と刺客(4/5)
◆
シャオレイは狐につままれたような顔で、琴房《きんぼう※》の長椅子に身を預けた。 [※楽器を弾く部屋]
全身に汗をかき、大舞台を終えた後の疲れがどっと襲う。
「内通者にすら気づかなかったのか」
突然の背後からの低い声に、シャオレイは驚いて振り向いた。
「あなたは……!」
声の主は、フェイリンだった。
フェイリンの口元を覆っていた布は無く、顔があらわになっていたが、鋭い目つきは同じだった。
昨夜乱れていたフェイリンの髪は整えられ、黒布の帽子がぴたりと被せられている。折り目一つない宦官の衣に身を包んだ姿は、フェイリンが刺客であることを微塵も感じさせなかった。
シャオレイが言った。
「どちらへ行ってたのですか!?あの猫はどういうことでしょう?」
「俺の問いに答えろ」
「……おっしゃる通り、気付きませんでしたわ」
「妖女の予言も、あてにはならんな」
「あいにく、取るに足らない出来事は予言できないものでして。
それでは私の問いに――」
ふと、シャオレイの視線が、フェイリンのあごのひっかき傷に止まる。
「それ……!」
シャオレイに指された瞬間、フェイリンは顔をそむけた。
シャオレイはしばらく考え、にっこりと笑った。
「謎が解けました」
彼女は寝所からおしろいを持ってきて、フェイリンを無理やり長椅子へ座らせた。てきぱきと彼の傷をおしろいで隠す。
「いらん」
「ひっかき傷の宦官は目立ちますわよ。
昨夜は無かった、あごのひっかき傷。そして、大きな暴れ猫。
――あなた様が猫を捕まえて、蔵へ入れてくれたのですね。
”私が暴れ猫を捕まえた”と見せかけるために……」
「昨夜の借りを返しただけだ」
フェイリンの言葉に、シャオレイは急に吹き出した。口元を手で隠し、くすくすと肩を揺らす。
そんな彼女を、フェイリンはじろりとにらんだ。
「何がおかしい」
「あなたがあんまりにも義理堅いから……感動したのです……」
シャオレイは媚びを忘れて、屈託なく笑っていた。妖女でも、後宮の女でもない――ただの、女の顔。
フェイリンは腕組みをしてそっぽを向いたが、わずかに動揺していた。
(メイレンを狙う女が、こんな顔をするとは。いや、惑わされるな……こいつは妖女だ)
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シャオレイは狐につままれたような顔で、琴房《きんぼう※》の長椅子に身を預けた。 [※楽器を弾く部屋]
全身に汗をかき、大舞台を終えた後の疲れがどっと襲う。
「内通者にすら気づかなかったのか」
突然の背後からの低い声に、シャオレイは驚いて振り向いた。
「あなたは……!」
声の主は、フェイリンだった。
フェイリンの口元を覆っていた布は無く、顔があらわになっていたが、鋭い目つきは同じだった。
昨夜乱れていたフェイリンの髪は整えられ、黒布の帽子がぴたりと被せられている。折り目一つない宦官の衣に身を包んだ姿は、フェイリンが刺客であることを微塵も感じさせなかった。
シャオレイが言った。
「どちらへ行ってたのですか!?あの猫はどういうことでしょう?」
「俺の問いに答えろ」
「……おっしゃる通り、気付きませんでしたわ」
「妖女の予言も、あてにはならんな」
「あいにく、取るに足らない出来事は予言できないものでして。
それでは私の問いに――」
ふと、シャオレイの視線が、フェイリンのあごのひっかき傷に止まる。
「それ……!」
シャオレイに指された瞬間、フェイリンは顔をそむけた。
シャオレイはしばらく考え、にっこりと笑った。
「謎が解けました」
彼女は寝所からおしろいを持ってきて、フェイリンを無理やり長椅子へ座らせた。てきぱきと彼の傷をおしろいで隠す。
「いらん」
「ひっかき傷の宦官は目立ちますわよ。
昨夜は無かった、あごのひっかき傷。そして、大きな暴れ猫。
――あなた様が猫を捕まえて、蔵へ入れてくれたのですね。
”私が暴れ猫を捕まえた”と見せかけるために……」
「昨夜の借りを返しただけだ」
フェイリンの言葉に、シャオレイは急に吹き出した。口元を手で隠し、くすくすと肩を揺らす。
そんな彼女を、フェイリンはじろりとにらんだ。
「何がおかしい」
「あなたがあんまりにも義理堅いから……感動したのです……」
シャオレイは媚びを忘れて、屈託なく笑っていた。妖女でも、後宮の女でもない――ただの、女の顔。
フェイリンは腕組みをしてそっぽを向いたが、わずかに動揺していた。
(メイレンを狙う女が、こんな顔をするとは。いや、惑わされるな……こいつは妖女だ)