さよならの勇気~お隣さんはクールで意地悪な産業医~
「ラストオーダーのお時間ですが、ご注文はありますでしょうか?」
「ない」

 医学書に視線を向けたまま先生が答えた。

「もう電車が動いていない時間ですけど、ご近所にお住まいなんですか?」

 普段だったらお客様に個人的な質問はしないが、会社でよく関わるので聞いてみたくなった。

「近くに住んでます」

 ご近所だとわかり親近感が湧く。

「私も近くです。最近引っ越して来たんです」
「そう」

 本のページをめくりながら素っ気なく答える先生を見て、これ以上私と話す気も、私に興味もないのだろうと悟った。

「ごゆっくりどうぞ」

 先生にそう声を掛け、キッチンに戻った。
 そして午前1時の閉店時間になり、森沢先生を含めて、店内に残っていたお客様が帰って行く。今日もよく働いたと思いながら、レジ閉めをして、店内の清掃をして、1時35分に店を出た。

 着替えるのが面倒でエプロンと名札を取って制服のまま出て来た。どうせマンションまで歩いて5分だし、深夜だから人とすれ違うこともないと思っていたら、ファミレスの隣のコンビニから森沢先生が出て来た。

「せ、先生……! お帰りになったのでは?」

 先生が店を出て40分は経っている。まさかずっとコンビニにいたのだろうか。でも、なんで?
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