さよならの勇気~お隣さんはクールで意地悪な産業医~
「やっと気づいた」

 先生が穏やかに微笑んだ。
 一ヶ月前までは会社では不愛想な先生しか見たことがなかったから新鮮だ。私たちの関係が仕事だけではなくなったことを認識して、胸が甘く疼いた。

「あの、企画書を書いてて。卵不使用のシフォンケーキなんですけど。先生、試作品が出来たら食べてくれます?」
「もちろん。ところで、新しい髪型だね」

 まじまじと珍しいものを見るような視線を先生が向けてくる。
 今朝まで先生が留守だったから、髪を切ってから顔を合わせたのは初めてだ。

「自分のしたい格好をしてみようと思いまして」

 気づいてもらえて嬉しいけど、すごく照れくさい。
 でも意外。先生が私の変化に気づくとは思わなかった。

「先生、髪を切ったことにちゃんと気づく人なんですね」
「好きな子の変化は見ているからね」

 さりげなく言った先生の言葉に頬がカァッと熱くなる。

「職場ですよ。そういう発言は控えて下さい」
「家だったら許可してくれる?」
「それは……」

 墓穴を掘ったことに気づいて、言葉が詰まる。
 もう誤魔化し切れないほど、先生が好きだ。
 この一ヶ月、先生と一緒に暮らして、どんどん好きが積もっているが、切っ掛けが掴めずにいる。

「冗談だよ」

 ポンポンと先生がまた私の頭を優しく撫でる。
 先生はいつも私が困ると、こうして気遣ってくれる。そんな先生との距離が心地よくて、ずっと甘えていたけど、いつまでも先生の好意に甘えていてはいけない。私は立ち上がり、先生と向かい合う。

「あの、先生。私、前の恋愛では嫌なことがあったら我慢して飲み込んで来ましたが、先生には正直な気持ちをぶつけます。だから、わがままになってしまうかもしれないけど、そんな私でも好きでいてくれますか?」
 
 私なりの精いっぱいの告白だった。
 先生に伝わっただろうか? そう問いかけるように見つめると、先生は驚いた表情から、ゆっくりと優しい眼差しに変わっていく。

「いいよ。なんでも受け止めるし、そのままの君が好きだ」

 先生の言葉に、胸が熱くなった。
 もう我慢しなくていい。この人の前では、本当の気持ちをさらけ出していいんだ。

「私も、先生が好きです」

 そう告白すると、シトラスの香りがする青いワイシャツの両腕が延びてきて、強く抱きしめられる。先生の腕の中に閉じ込められて、両想いになった幸せに心が満ちる。

「好きだ」

 私の目を真っすぐに見つめて先生が言ってくれる。
 いつも先生の言葉は胸に響く。それはきっと偽りのない本心だからだ。だから先生の言葉は信じられる。

「あの、不束な私ですが、よろしくお願いいたします」
「急にどうした?」
「きっといろいろとご迷惑をおかけすると思って」
「それはお互い様。俺たちは対等な関係だから」

 対等な関係――。

 石黒くんからは出て来なかった言葉だ。

「先生って、すごく素敵な人ですね。また好きになりました」

 照れくさそうに頬をかく先生を見て、愛しくて、胸がキュンキュンと弾んだ。
 先生が大好きだ。

 終
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