合理主義者な外科医の激情に火がついて、愛し囲われ逃げられない
 今までここに座って考えるのは仕事のことだけだったし、ひとりでいるのが快適だった。

 まさか自分が妻の気配がしない部屋の空気に落ち着かなくなるなんて。

 悠磨は小さく溜息をついて、手に持っていたスマートフォンで兄にメッセージを送る。

【いまから店に行っていいか】

 すぐに【開けておくよ】と返ってきたので、悠磨は身支度をするために立ち上がった。


 純也は開店時間より一時間早く店を開けて待っていてくれた。木製のドアを開け、誰もいない店内のカウンターのいつもの席に腰かける。

「久しぶりだな」

 純也は手際よくカクテルを作り、カウンターの上に乗せた。ジンリッキーは悠磨の一杯目の定番だ。

「鈴菜が親父を連れてきたらしいな」
 細長いグラスに入ったソーダとライムの爽やかさをひと口味わってから、カウンターの向こうに立つ兄に話しかける。

「びっくりしたよ。あの人がこの店にくるなんて思いもしなかったら」

 純也は、肩をすくめながら苦笑した。

 父が仕事で東京に来たのは先週の金曜。夫婦で夕食に誘われたが、悠磨は当直だったので鈴菜がひとりで会いに行った。
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