私と御曹司の始まらない恋の一部始終
第11話 お見舞いで三山家へ
「佐藤杏奈が見舞いに来る?! そんなことしたら俺たちが立場を入れ替えていることがバレてしまうじゃないか。なんでOKした?!」
学園にいる圭一郎からの電話に、大紫は心底驚いた。
「あまりにも真剣でしたので……つい」
反省して目を伏せている圭一郎の姿が浮かんでくる。
「もしやお前、またアイツにじーっと見つめられて、のぼせたんじゃないだろうな」
「決してそのようなことは。わたくしも少しずつ女子に免疫がついてきたと思っております。ですので大紫様、申し訳ないのですが我が田鍋家に少しの間お移りいただくことは叶いますでしょうか」
「いや田鍋家ではなく、この家に案内しろ」
「それでは田鍋ケイイチロウが本当は三山大紫だとバレてしまいませんか」
「この家にも圭一郎用の部屋があるだろう。そこを俺の部屋として案内すればいい」
「あの部屋を大紫様がお使いになるのですか?!」
なぜか圭一郎が慌てふためいている。見られたくないものでもあるのだろうか。
「いい考えだろ? よし、準備をしておく!」」
「お待ちく……」
圭一郎がまだ何か言いかけていたが、大紫はさっさと通話を切った。
一体なぜ佐藤杏奈が俺の見舞いにわざわざ?
考えてもわからないので三山大紫はとなりの田鍋圭一郎の部屋で移動することにした。
ロールスロイスがこんなにも乗り心地のいい車だったとは……。
杏奈が田鍋君のお見舞いに行きたいと頼んだら、予想外の展開になった。
田鍋君は三山家にいるというのだ。田鍋君は執事として三山君の部屋の近くに一室を与えられており、普段はご実家とその部屋を行き来しているらしい。今回は怪我をした田鍋君を、三山君が自分の家に運んだので、執事の部屋で療養することになったそうだ。
三山君の家に行けるの?! 大チャンスじゃない??
いやでも田鍋君が心配なのは本当。本来の目的を忘れてはならない。浮かれてちゃダメ。
そう思っていたのに、ロールスロイスの乗り心地にすっかり心を持っていかれてしまった。うっかりすると爆睡しそうなので、三山タイシに話しかけてみる。
「さっきから同じ壁が続くね。学校かなあ?」
「三山家です。もう少ししたら着きます」
ここ都内の超がつく一等地よね。どんだけ広いの? 杏奈は三山財閥の凄さを改めて思い知った。
「ここがケイイチロウの部屋です」
三山家の敷地内に入ったあとも車寄せのある玄関までが長く、ロールスロイスのドライブは続いた。やっと玄関に入ればなんのためかわからない大広間があり、奥の階段を上がってかなり歩いたところに、田鍋ケイイチロウの部屋があった。
広い……そして繁栄の歴史を感じさせる文化財のような家だ。
コンコンコン、と三山君がノックして
「佐藤さんをお連れしました……よ」
とドアを開けた。
田鍋ケイイチロウがベッドに横たえていた体をおこし
「やあ、すまないな」
と挨拶した。
ケイイチロウの顔に絆創膏が貼ってあり、体を起こすのも痛そうなのを見た杏奈は
「大丈夫? ごめんね、私のために怪我させちゃって」
とまっさきに謝った。
「別に杏奈のせいじゃない。怪我も軽い。気にするな」
普段は横柄さを感じるケイイチロウの口調も、今は逆に力強くて安心する。
「でもお礼は言わせて。田鍋君のおかげで私は無事だったの。どうもありがとう」
ケイイチロウが意外にも恥ずかしそうに目を逸らした。
杏奈はもしかするとケイイチロウのことを誤解していたのではないかと思った。横柄で図太く、威張っている執事と思っていたが、この部屋の整頓具合はどうだろう?几帳面な性格の持ち主としか思えない、すべてが整った部屋だ。本当は有能な執事なのかもしれない。
不思議なのは三山君で、なぜかそわそわして、居心地悪そうにしている。三山君の部屋はもっと広くて立派なのかしら。見てみたいけれど、まずは今日の目的を果たさなければ。そのために朝から準備してきたのだ。
「それでね、今日は田鍋君に元気になってほしくて、私がご飯を作ろうと思って来たの」
「な!」
ケイイチロウが驚いて三山タイシを見た。
「厨房をお使いになりたいのですか? 料理長に許可を取らないと……」
三山タイシが思案顔になった・
「厨房? 料理長? レストランみたいね。私はただお鍋を借りて、コンロを2つ使いたいんだけど」
「ああ、それでしたらこの部屋に」
三山タイシが部屋の左手にあるドアを開ける。そこは一般家庭向けのキッチン、洗濯機にアイロン台など一通りの家事ができるスペースになっていた。
「わ、すごい。もしかして田鍋君はここで自炊してるの?」
「いやあ……うん、まあな」
「ケイイチロウは私に頼まれてここでお茶をいれたりホットミルクを作ったり、簡単なサンドイッチを作っているんです」
「へえそうなんだ、意外」
「それぐらいできなくてどうする。たしなみだ」
ケイイチロウが威張って言うので、杏奈は笑ってしまう。田鍋君がお茶の支度をするなんて、人は外見ではわからないものだ。
「じゃあこのキッチンを貸してもらうね」
10分後。
「できたよ~佐藤家特製ラーメンです!」
「ラーメン?!」
「そう、体力を回復させたいなら、ラーメンが一番。うちのラーメンはいりこで出汁をとってるからカルシウムもたっぷり。チャーシューは鶏で作ってきたからタンパク質もしっかり摂れる。まあとにかく食べてみてよ!」
三山君も田鍋君も顔を見合わせている。もしかして御曹司も執事もラーメンは食べない?
杏奈がそわそわしはじめると
「よし、いただくとしよう」
ケイイチロウがラーメンを食べ始め……
「なんだこれは! うまい、うまいぞ。食べてみろ!」
言われて三山君も食べ始めた。
「これは……滋味深い味ですね。からだにやさしい味がします」
杏奈はほっとした。このラーメンには両親とのいろんな思い出が詰まっているのだ。喜んでもらえてよかった……。それにしても田鍋君の食べっぷりはいいな。見ていると幸せになってくる。三山君は食べ方が上品だけど、少しずつしか麺を食べないので、麺が伸びてしまわないか心配になる。
「このラーメンのレシピは杏奈が考えたのか?」
「ううん、親が考えたの」
「杏奈の両親はすばらしい味覚の持ち主なのだろうな」
ケイイチロウの言葉がふいに杏奈の心の奥を貫いていった。両親を褒めてもらうこと、両親を誇りに思うこと、ここしばらくすっかり忘れていた感情だった。事業が失敗したとき、親戚も社員も両親を責めたてるだけで、杏奈たちのことは誰も気にかけてくれなかった。
「……ありがとう」
「このレシピを使って店を開かせたら、ムシュランの星もとれると思うぞ」
ムシュラン……杏奈の嫌な記憶がよみがえった。怪しげなブランディングコンサルタントがやってきて、ムシュランの星を獲ろうとしてから、両親はおかしくなったのだ。
「ムシュランなんて無理無理。でも田鍋君にそこまで褒めてもらえてうれしいよ」
「エクセレントだ。ありがとう杏奈。おかげですっかり元気になった」
ラーメンを食べ終えたケイイチロウは、明日から登校できると言って杏奈を安心させた。
「田鍋君は劇の主役なんだから、早く復活してよね」
「もとよりそのつもりだ」
余裕を見せる田鍋君だったが、その横で三山君の顔が曇ったことを杏奈は見逃さなかった。
なにか心配事でもあるのだろうか……。
学園にいる圭一郎からの電話に、大紫は心底驚いた。
「あまりにも真剣でしたので……つい」
反省して目を伏せている圭一郎の姿が浮かんでくる。
「もしやお前、またアイツにじーっと見つめられて、のぼせたんじゃないだろうな」
「決してそのようなことは。わたくしも少しずつ女子に免疫がついてきたと思っております。ですので大紫様、申し訳ないのですが我が田鍋家に少しの間お移りいただくことは叶いますでしょうか」
「いや田鍋家ではなく、この家に案内しろ」
「それでは田鍋ケイイチロウが本当は三山大紫だとバレてしまいませんか」
「この家にも圭一郎用の部屋があるだろう。そこを俺の部屋として案内すればいい」
「あの部屋を大紫様がお使いになるのですか?!」
なぜか圭一郎が慌てふためいている。見られたくないものでもあるのだろうか。
「いい考えだろ? よし、準備をしておく!」」
「お待ちく……」
圭一郎がまだ何か言いかけていたが、大紫はさっさと通話を切った。
一体なぜ佐藤杏奈が俺の見舞いにわざわざ?
考えてもわからないので三山大紫はとなりの田鍋圭一郎の部屋で移動することにした。
ロールスロイスがこんなにも乗り心地のいい車だったとは……。
杏奈が田鍋君のお見舞いに行きたいと頼んだら、予想外の展開になった。
田鍋君は三山家にいるというのだ。田鍋君は執事として三山君の部屋の近くに一室を与えられており、普段はご実家とその部屋を行き来しているらしい。今回は怪我をした田鍋君を、三山君が自分の家に運んだので、執事の部屋で療養することになったそうだ。
三山君の家に行けるの?! 大チャンスじゃない??
いやでも田鍋君が心配なのは本当。本来の目的を忘れてはならない。浮かれてちゃダメ。
そう思っていたのに、ロールスロイスの乗り心地にすっかり心を持っていかれてしまった。うっかりすると爆睡しそうなので、三山タイシに話しかけてみる。
「さっきから同じ壁が続くね。学校かなあ?」
「三山家です。もう少ししたら着きます」
ここ都内の超がつく一等地よね。どんだけ広いの? 杏奈は三山財閥の凄さを改めて思い知った。
「ここがケイイチロウの部屋です」
三山家の敷地内に入ったあとも車寄せのある玄関までが長く、ロールスロイスのドライブは続いた。やっと玄関に入ればなんのためかわからない大広間があり、奥の階段を上がってかなり歩いたところに、田鍋ケイイチロウの部屋があった。
広い……そして繁栄の歴史を感じさせる文化財のような家だ。
コンコンコン、と三山君がノックして
「佐藤さんをお連れしました……よ」
とドアを開けた。
田鍋ケイイチロウがベッドに横たえていた体をおこし
「やあ、すまないな」
と挨拶した。
ケイイチロウの顔に絆創膏が貼ってあり、体を起こすのも痛そうなのを見た杏奈は
「大丈夫? ごめんね、私のために怪我させちゃって」
とまっさきに謝った。
「別に杏奈のせいじゃない。怪我も軽い。気にするな」
普段は横柄さを感じるケイイチロウの口調も、今は逆に力強くて安心する。
「でもお礼は言わせて。田鍋君のおかげで私は無事だったの。どうもありがとう」
ケイイチロウが意外にも恥ずかしそうに目を逸らした。
杏奈はもしかするとケイイチロウのことを誤解していたのではないかと思った。横柄で図太く、威張っている執事と思っていたが、この部屋の整頓具合はどうだろう?几帳面な性格の持ち主としか思えない、すべてが整った部屋だ。本当は有能な執事なのかもしれない。
不思議なのは三山君で、なぜかそわそわして、居心地悪そうにしている。三山君の部屋はもっと広くて立派なのかしら。見てみたいけれど、まずは今日の目的を果たさなければ。そのために朝から準備してきたのだ。
「それでね、今日は田鍋君に元気になってほしくて、私がご飯を作ろうと思って来たの」
「な!」
ケイイチロウが驚いて三山タイシを見た。
「厨房をお使いになりたいのですか? 料理長に許可を取らないと……」
三山タイシが思案顔になった・
「厨房? 料理長? レストランみたいね。私はただお鍋を借りて、コンロを2つ使いたいんだけど」
「ああ、それでしたらこの部屋に」
三山タイシが部屋の左手にあるドアを開ける。そこは一般家庭向けのキッチン、洗濯機にアイロン台など一通りの家事ができるスペースになっていた。
「わ、すごい。もしかして田鍋君はここで自炊してるの?」
「いやあ……うん、まあな」
「ケイイチロウは私に頼まれてここでお茶をいれたりホットミルクを作ったり、簡単なサンドイッチを作っているんです」
「へえそうなんだ、意外」
「それぐらいできなくてどうする。たしなみだ」
ケイイチロウが威張って言うので、杏奈は笑ってしまう。田鍋君がお茶の支度をするなんて、人は外見ではわからないものだ。
「じゃあこのキッチンを貸してもらうね」
10分後。
「できたよ~佐藤家特製ラーメンです!」
「ラーメン?!」
「そう、体力を回復させたいなら、ラーメンが一番。うちのラーメンはいりこで出汁をとってるからカルシウムもたっぷり。チャーシューは鶏で作ってきたからタンパク質もしっかり摂れる。まあとにかく食べてみてよ!」
三山君も田鍋君も顔を見合わせている。もしかして御曹司も執事もラーメンは食べない?
杏奈がそわそわしはじめると
「よし、いただくとしよう」
ケイイチロウがラーメンを食べ始め……
「なんだこれは! うまい、うまいぞ。食べてみろ!」
言われて三山君も食べ始めた。
「これは……滋味深い味ですね。からだにやさしい味がします」
杏奈はほっとした。このラーメンには両親とのいろんな思い出が詰まっているのだ。喜んでもらえてよかった……。それにしても田鍋君の食べっぷりはいいな。見ていると幸せになってくる。三山君は食べ方が上品だけど、少しずつしか麺を食べないので、麺が伸びてしまわないか心配になる。
「このラーメンのレシピは杏奈が考えたのか?」
「ううん、親が考えたの」
「杏奈の両親はすばらしい味覚の持ち主なのだろうな」
ケイイチロウの言葉がふいに杏奈の心の奥を貫いていった。両親を褒めてもらうこと、両親を誇りに思うこと、ここしばらくすっかり忘れていた感情だった。事業が失敗したとき、親戚も社員も両親を責めたてるだけで、杏奈たちのことは誰も気にかけてくれなかった。
「……ありがとう」
「このレシピを使って店を開かせたら、ムシュランの星もとれると思うぞ」
ムシュラン……杏奈の嫌な記憶がよみがえった。怪しげなブランディングコンサルタントがやってきて、ムシュランの星を獲ろうとしてから、両親はおかしくなったのだ。
「ムシュランなんて無理無理。でも田鍋君にそこまで褒めてもらえてうれしいよ」
「エクセレントだ。ありがとう杏奈。おかげですっかり元気になった」
ラーメンを食べ終えたケイイチロウは、明日から登校できると言って杏奈を安心させた。
「田鍋君は劇の主役なんだから、早く復活してよね」
「もとよりそのつもりだ」
余裕を見せる田鍋君だったが、その横で三山君の顔が曇ったことを杏奈は見逃さなかった。
なにか心配事でもあるのだろうか……。