私と御曹司の始まらない恋の一部始終
第12話 私が犯人?!
翌日、田鍋ケイイチロウが三山タイシと一緒に登校したのを見て、杏奈はほっと胸をなでおろした。サンドバックを吊るしたワイヤーを操作していた大山君も、田鍋君に駆け寄っていく。大山君もずっと心配だったのだろう。田鍋ケイイチロウは
「俺様は不死身だ」
と軽口をたたき、事故当日は暗い雰囲気だったS組の教室に明るさが戻ってきた。
「杏奈! 昨日はありがとな! おかげで今日は元気がみなぎっている」
田鍋ケイイチロウがみんなの前で言った。その瞬間、教室が静かになってみんなの視線が杏奈に向けられた。
あ~みんあの前では言わないでほしかった……。とりあえずにっこり笑っておく。
すぐに桜月がウタちゃんを連れてやってきて、
「昨日は、ってどういうこと?」
と聞いてきたので、お見舞いに行ったと正直に話す。田鍋君の怪我は私をかばってのことなので心配になったのは本当だし、三山君にお見舞いに行きたいとお願いしたとき、ウタちゃんも横で聞いていた。杏奈はそうよね?と意味をこめてウタちゃんを見た。
「最初は驚いたけれど、杏奈ちゃんが田鍋君を心配するのは当然だと思うわ」
ウタちゃん、ナイスフォローだ。
「ふうん。で、田鍋君が三山君の家にいたから、三山君の家に行ったんだ」
「そう、私も驚いた」
「で、ラーメンを作って食べさせたと。三山君も召し上がったの?」
「そりゃね」
「ふうん。弱ってる男の子にご飯を作るなんて、杏奈ちゃんって思ってたよりあざといのね」
「桜月」
ウタちゃんが言い過ぎだとたしなめる。
「ウタちゃんは審判者なんだから、もっとフェアに判断してほしいわ。私、杏奈ちゃんのやり方はS組の秩序を壊してると思う」
桜月はさっと背を向けた。
昼休みのあと、桜月から話があると秀礼学園記念ホールに呼び出された。ワイヤーが切れて事故がおきた場所だ。
桜月は舞台の中央に立っていた。
「話って何? 朝の続き?」
「ワイヤーにサンドバックを付けるとき、杏奈ちゃんも見にきたよね? ワイヤーを触ったりして」
「……うん、それが何?」
「ふふ。しらばっくれちゃって。ワイヤーが切れるなんてありえないのよ。誰かが故意に傷でもつけなければ」
「何がいいたいの?」
朝の様子から桜月には文句を言われるだろうと覚悟していたが、まったく話が見えず杏奈は困惑した。
「杏奈ちゃんがワイヤーを傷つけておいたんでしょう?」
「え? 何言ってるの? 私だって怪我するところだったんだよ、何のためにそんなことするっていうの?」
「知らないわよ。でも杏奈ちゃんが傷つけてたって見た人がいるの」
「そんなわけ」
「証拠の動画だってあるのよ」
「はああ?」
いったい桜月は何をいっているんだろう。
「その動画を見せてよ」
桜月は黙ってスマホを出し、動画を再生する。
そこにはカッターでワイヤーに傷をつけている女子生徒が映っている。
周囲を伺うように振り向いたその女子生徒は……杏奈だった。
「嘘、なにこれ」
身に覚えのない自分の姿に、杏奈はすっかり動揺した。
「最初、サンドバックは舞台の上で吊るすだけだったよね? 落ちたら怪我するのは田鍋君。最初から田鍋君に怪我をさせようとしてたんじゃないの?」
そんなこと絶対にない。考えたこともない、そう答えたいけど、動画の衝撃が大きすぎて杏奈は言葉が出てこない。
「やっぱりそうなのね。この動画をクラス中にばらまかれたくなかったら、この学園から出て行って」
桜月は杏奈をひと睨みすると、ホールを出て行った。
杏奈は過呼吸をおこしそうになり、胸を押さえながら何度も深呼吸した。
これは一大事だ。
さっきの動画は偽物だと証明しなければ杏奈は事故の犯人にされてしまう。でもどうやって? あの動画を見たら、みんな桜月を信じてしまう……。
その日の放課後は、劇の練習には出なかった。
日下部雪華の家に行かないと……というのが表面的な理由だが、桜月の前で、三山君や田鍋君と話す事がためらわれた。桜月は、杏奈が彼らと親しくすることが気に食わないのだろう。でも審判者のウタちゃんが何も言わないので、自ら行動に出たに違いない。正直、桜月に嫌われるのは想定内だったし覚悟もしていた。でも学園から追い出そうとまでしてくるとは思っていなかった。
どうすればいい? 杏奈は日下部家に向かいながら考え込んだ。
ビルの最上階にある日下部家に着くと、今日は雪華のお母様がいた。
「娘とはちゃんと話ができているの? いつ学校に行けるのかしら」
「授業の事や、学園祭の準備の話を、ドア越しにですけどお話しています。学園祭も近いし、興味を持って聞いてくれているかと……」
「そう、まあいいわ。あなたとの約束は一か月だったわね。それまでに娘を登校させられなかったら、S組編入の特別措置は打ち切らせてもらいますから。よろしいわね?」
「……はい」
そうだった。桜月に追い出される前に、日下部雪華を何とかしなければS組にはいられないのだ。杏奈はとにかく目の前のことしなきゃと、雪華の部屋の前に立った。
ノックをしてもあいかわらず返事はない。
仕方なく杏奈は名前を名乗って、ドア越しに学園の出来事を話し始めた。授業の進捗や、カフェテリアに秋限定メニューで松茸ご飯が始まったことなど。
「わたしは食べてないからわからないけど、みんなは土瓶蒸しか焼き物のほうが松茸はおいしいって言ってたわ」
ドアの向こうに反応はない。
杏奈は学園祭のことも話した。でも田鍋ケイイチロウの怪我の事は話さなかった。まして、怪我の原因である事故の犯人に杏奈が仕立て上げられそうになっているとは言えるはずもない。
「みんなで協力して劇の準備をしてるの。日下部さんも手伝ってみたらきっと楽しいと思う。一日でもいいから学園に来ない?」
しばらく待ってみたが、雪華からの返事はなかった。今日もダメか……。杏奈はS組を出て行く自分を想像して絶望した。
三山大紫は苛立っていた。
だから圭一郎を呼んで、ドライヤーで髪を乾かしてもらっている。
「あのラーメンをもう一度食べたい!」
大紫の声はドライヤーの音にかき消されて圭一郎には届いていないかもしれないし、聞こえているかもしれない。その曖昧さが大事なのだ。
佐藤杏奈が作ってくれたラーメンの味が忘れられないのだが、作りに来てほしいというほど大紫も傲慢ではない。だいたい大紫は学園では田鍋ケイイチロウと名乗っているのだ。この前は誤魔化したが、田鍋の家ではなく三山家に呼ぶのは無理がある。でもやっぱり
「あのラーメンが食べたい!」
大紫はもう一度声に出した。
しばらくしてドライヤーの音が止み
「終わりました」
と圭一郎が言う。
「……そういえば、佐藤さんがお作りになったラーメンは大変美味でしたね。今度三山家の料理人にレシピをご伝授いただけないか、頼んでみたいものです」
「ふむ、圭一郎がそうしたいなら頼んでみるといい」
「かしこまりました大紫様」
「でも今日のあいつは少し様子がおかしくなかったか?」
「と申しますと?」
「……いや、何でもない。気のせいだ」
昼休みのあと、教室に戻って来た佐藤杏奈の様子がおかしかった。劇の練習を休むと言った時も、大紫と目をあわせようとしなかった。
気のせいならいいのだが……。
三山大紫は、元気のない佐藤杏奈の顔を思い浮かべて、少し胸が痛んだ。
「俺様は不死身だ」
と軽口をたたき、事故当日は暗い雰囲気だったS組の教室に明るさが戻ってきた。
「杏奈! 昨日はありがとな! おかげで今日は元気がみなぎっている」
田鍋ケイイチロウがみんなの前で言った。その瞬間、教室が静かになってみんなの視線が杏奈に向けられた。
あ~みんあの前では言わないでほしかった……。とりあえずにっこり笑っておく。
すぐに桜月がウタちゃんを連れてやってきて、
「昨日は、ってどういうこと?」
と聞いてきたので、お見舞いに行ったと正直に話す。田鍋君の怪我は私をかばってのことなので心配になったのは本当だし、三山君にお見舞いに行きたいとお願いしたとき、ウタちゃんも横で聞いていた。杏奈はそうよね?と意味をこめてウタちゃんを見た。
「最初は驚いたけれど、杏奈ちゃんが田鍋君を心配するのは当然だと思うわ」
ウタちゃん、ナイスフォローだ。
「ふうん。で、田鍋君が三山君の家にいたから、三山君の家に行ったんだ」
「そう、私も驚いた」
「で、ラーメンを作って食べさせたと。三山君も召し上がったの?」
「そりゃね」
「ふうん。弱ってる男の子にご飯を作るなんて、杏奈ちゃんって思ってたよりあざといのね」
「桜月」
ウタちゃんが言い過ぎだとたしなめる。
「ウタちゃんは審判者なんだから、もっとフェアに判断してほしいわ。私、杏奈ちゃんのやり方はS組の秩序を壊してると思う」
桜月はさっと背を向けた。
昼休みのあと、桜月から話があると秀礼学園記念ホールに呼び出された。ワイヤーが切れて事故がおきた場所だ。
桜月は舞台の中央に立っていた。
「話って何? 朝の続き?」
「ワイヤーにサンドバックを付けるとき、杏奈ちゃんも見にきたよね? ワイヤーを触ったりして」
「……うん、それが何?」
「ふふ。しらばっくれちゃって。ワイヤーが切れるなんてありえないのよ。誰かが故意に傷でもつけなければ」
「何がいいたいの?」
朝の様子から桜月には文句を言われるだろうと覚悟していたが、まったく話が見えず杏奈は困惑した。
「杏奈ちゃんがワイヤーを傷つけておいたんでしょう?」
「え? 何言ってるの? 私だって怪我するところだったんだよ、何のためにそんなことするっていうの?」
「知らないわよ。でも杏奈ちゃんが傷つけてたって見た人がいるの」
「そんなわけ」
「証拠の動画だってあるのよ」
「はああ?」
いったい桜月は何をいっているんだろう。
「その動画を見せてよ」
桜月は黙ってスマホを出し、動画を再生する。
そこにはカッターでワイヤーに傷をつけている女子生徒が映っている。
周囲を伺うように振り向いたその女子生徒は……杏奈だった。
「嘘、なにこれ」
身に覚えのない自分の姿に、杏奈はすっかり動揺した。
「最初、サンドバックは舞台の上で吊るすだけだったよね? 落ちたら怪我するのは田鍋君。最初から田鍋君に怪我をさせようとしてたんじゃないの?」
そんなこと絶対にない。考えたこともない、そう答えたいけど、動画の衝撃が大きすぎて杏奈は言葉が出てこない。
「やっぱりそうなのね。この動画をクラス中にばらまかれたくなかったら、この学園から出て行って」
桜月は杏奈をひと睨みすると、ホールを出て行った。
杏奈は過呼吸をおこしそうになり、胸を押さえながら何度も深呼吸した。
これは一大事だ。
さっきの動画は偽物だと証明しなければ杏奈は事故の犯人にされてしまう。でもどうやって? あの動画を見たら、みんな桜月を信じてしまう……。
その日の放課後は、劇の練習には出なかった。
日下部雪華の家に行かないと……というのが表面的な理由だが、桜月の前で、三山君や田鍋君と話す事がためらわれた。桜月は、杏奈が彼らと親しくすることが気に食わないのだろう。でも審判者のウタちゃんが何も言わないので、自ら行動に出たに違いない。正直、桜月に嫌われるのは想定内だったし覚悟もしていた。でも学園から追い出そうとまでしてくるとは思っていなかった。
どうすればいい? 杏奈は日下部家に向かいながら考え込んだ。
ビルの最上階にある日下部家に着くと、今日は雪華のお母様がいた。
「娘とはちゃんと話ができているの? いつ学校に行けるのかしら」
「授業の事や、学園祭の準備の話を、ドア越しにですけどお話しています。学園祭も近いし、興味を持って聞いてくれているかと……」
「そう、まあいいわ。あなたとの約束は一か月だったわね。それまでに娘を登校させられなかったら、S組編入の特別措置は打ち切らせてもらいますから。よろしいわね?」
「……はい」
そうだった。桜月に追い出される前に、日下部雪華を何とかしなければS組にはいられないのだ。杏奈はとにかく目の前のことしなきゃと、雪華の部屋の前に立った。
ノックをしてもあいかわらず返事はない。
仕方なく杏奈は名前を名乗って、ドア越しに学園の出来事を話し始めた。授業の進捗や、カフェテリアに秋限定メニューで松茸ご飯が始まったことなど。
「わたしは食べてないからわからないけど、みんなは土瓶蒸しか焼き物のほうが松茸はおいしいって言ってたわ」
ドアの向こうに反応はない。
杏奈は学園祭のことも話した。でも田鍋ケイイチロウの怪我の事は話さなかった。まして、怪我の原因である事故の犯人に杏奈が仕立て上げられそうになっているとは言えるはずもない。
「みんなで協力して劇の準備をしてるの。日下部さんも手伝ってみたらきっと楽しいと思う。一日でもいいから学園に来ない?」
しばらく待ってみたが、雪華からの返事はなかった。今日もダメか……。杏奈はS組を出て行く自分を想像して絶望した。
三山大紫は苛立っていた。
だから圭一郎を呼んで、ドライヤーで髪を乾かしてもらっている。
「あのラーメンをもう一度食べたい!」
大紫の声はドライヤーの音にかき消されて圭一郎には届いていないかもしれないし、聞こえているかもしれない。その曖昧さが大事なのだ。
佐藤杏奈が作ってくれたラーメンの味が忘れられないのだが、作りに来てほしいというほど大紫も傲慢ではない。だいたい大紫は学園では田鍋ケイイチロウと名乗っているのだ。この前は誤魔化したが、田鍋の家ではなく三山家に呼ぶのは無理がある。でもやっぱり
「あのラーメンが食べたい!」
大紫はもう一度声に出した。
しばらくしてドライヤーの音が止み
「終わりました」
と圭一郎が言う。
「……そういえば、佐藤さんがお作りになったラーメンは大変美味でしたね。今度三山家の料理人にレシピをご伝授いただけないか、頼んでみたいものです」
「ふむ、圭一郎がそうしたいなら頼んでみるといい」
「かしこまりました大紫様」
「でも今日のあいつは少し様子がおかしくなかったか?」
「と申しますと?」
「……いや、何でもない。気のせいだ」
昼休みのあと、教室に戻って来た佐藤杏奈の様子がおかしかった。劇の練習を休むと言った時も、大紫と目をあわせようとしなかった。
気のせいならいいのだが……。
三山大紫は、元気のない佐藤杏奈の顔を思い浮かべて、少し胸が痛んだ。