私と御曹司の始まらない恋の一部始終

第13話 ラーメンはのびていく

桜月のもっているフェイク動画に、不登校の日下部雪華。
杏奈がS組に居続けるには2つも問題を解決しなくちゃいけない。どうしたらいいんだろう……。
「佐藤さん」
呼ばれて振り向くと、三山君がいた。
「先日のラーメンが大変美味でしたので、もしよければ当家のシェフにレシピをご伝授いただけないでしょうか」
 え、嬉しい! でも……。
「ごめんなさい。レシピは教えられないの」
「そうですか……残念ですが仕方ありませんね」
「ごめんね」
ふと、桜月が睨むように杏奈を見ていることに気が付く。
桜月はスマホをかざして「ここに証拠の動画があるのよ」と言わんばかり。あのフェイク動画を使って本気で杏奈をS組から追い出す気だろう。
だったらその前に三山君と恋仲になってしまうしかない。もともと短期決戦で行く予定だったんだから、望む所よ。
「三山君、かわりに私がまたラーメンを作りにいくよ。明日はどう?」
「よろしいのですか? では是非」
やった! どこかに「恋の媚薬」が売ってるなら即座にポチってラーメンのスープに混ぜたい気分。
杏奈は怖い顔で睨み付けている桜月に向かって、わざとニコッと微笑んだ。

翌日は土曜日で、杏奈は一晩かけて仕込んだスープを保温ジャーに入れ、麺と具材を持参して三山家へ向かった。
 駅からかなり歩いてやっと門をくぐるも、玄関までがまた遠い。大荷物の杏奈は、立ち止まっていったん休憩していた。
「杏奈ちゃん? 玄関まで乗っていく?」
杏奈の横に車が止まり、後部座席からウタちゃんが顔を見せた。
「ウタちゃん?!」
「私もいるわよ」
ウタちゃんの隣から顔をだしたのは桜月。
なんで二人が三山君の家に?

 田鍋ケイイチロウの部屋にあるキッチンスペースで杏奈は麺をゆでる湯を沸かし、別の鍋で持参したスープを温めている。
 人数が急に増えたことを三山君に謝られ
「多めに持ってきたから5人分にできると思う」
とにこやかに返事したものの、杏奈は悔しくてたまらない。
 ワイヤーアクション無しでやることになった演劇のことで、キャストの田鍋ケイイチロウと桜月、実行委員で監督の三山タイシ、同じく実行委員で照明係のウタちゃんで話し合うため、急遽集まることになったらしい。おそらく桜月が言い出したんだろう。桜月も三山君に積極的に接近することにしたんだと思う。4人は今、三山君の部屋で話し合いをしていて、杏奈は田鍋君の部屋のキッチンで1人でラーメンを作っているのだ。
 私はまだ三山君の部屋に入ったことないのに! 
私、負けてる。悔しい!
そろそろラーメンができると電話で連絡すると、4人は田鍋君の部屋にやってきた。
「運ぶのを手伝います」三山君はさっと銀製のトレーにラーメンをのせ運んでくれる。ウタちゃんも手伝いにきてくれた。
本物のお坊ちゃまお嬢さまは育ちの良さが違うと杏奈は感心してしまう。
比べて田鍋ケイイチロウは
「これこれ、この匂いだ!」
とはしゃいでいるだけだ。
執事なのになぜ座っているの?と思ったけど、まだ体が痛むのかも、と気づいてハッとした。
元気そうに見えるけど私のために虚勢を張っていてくれてるだけ?
ギュッと胸が痛くなる。
「杏奈も早くこっちに来て座れよ」
「……うん」
「杏奈ちゃんが本格的な中華を作れるなんて驚きよ」
とウタちゃんが言い、
「杏奈のラーメンは今まで食べた中華料理とはだいぶ違うが、なかなかのものだ。よし、いただこう!」
田鍋ケイイチロウが箸を持ったその時
「これ食べて大丈夫かしら。何か変な物を入れたりしていない?」
桜月の一言に、みんなが箸をとめる。ジョークというには桜月の顔つきが冷たすぎる。
「どういう意味」
杏奈はムッとして強く問うた。このラーメンに文句を言われるのは許せない。そりゃ、恋の媚薬があったら入れたいと思ったけど、そんなものないし!
「だってワイヤーに傷をつけて落下事故を起こしたのは杏奈ちゃんじゃない。だから私、杏奈ちゃんが作ったものなんて怖くて食べられないわ」
杏奈は言葉が出なかった。まさかここでその話を持ち出してくるとは思っていなかった。
「桜月、どうしたっていうの?」
ウタちゃんが困惑している。
「杏奈が落下事故を起こしたってどういうことだ?」
田鍋ケイイチロウが聞く。
「この動画を見ればわかるわ」
桜月はあのフェイク動画を3人に見せた。
「ほら、杏奈ちゃんがワイヤーに切り込みを入れているでしょう?」
「違う、私じゃない」
杏奈は必死の思いで否定した。声が震えている。でもウタちゃんは杏奈から目をそらし、三山君は冷たい表情で動画を何度も再生している。そして田鍋ケイイチロウは悲しそうな顔で杏奈を見た。
 そんな目で私を見ないで。
 胸が押しつぶされそうに苦しい。
「帰る」
杏奈は立ちあがると部屋を出た。
杏奈に声をかける人はいなかった。

 田鍋ケイイチロウこと三山大紫は、杏奈が作ったラーメンをじっと見ていた。
佐藤杏奈がわざと事故を起こした? 何のために?
「杏奈ちゃんて編入してきたときから厚かましいところあったわよね」
城之内桜月が話している。
「ウタちゃんに自分から話しかけたり、三山君にも積極的に近づいたでしょ?」
確かに佐藤杏奈は、俺のふりをしている圭一郎に近づいていた。
「あの日だって、三山君がたまたまウタちゃんのところに行ってたから良かったけど、本当は三山君に怪我させようとしたんじゃないかしら。自分がまっさきに手当するために」
圭一郎の顔が青ざめていくのがはっきりとわかった。自分が怪我をしたかもしれなかったから……ではない、三山大紫が狙われたことを心配している。つまり本物の俺がいつか狙われることを危惧しているのだろう。圭一郎はそういう男だ。
「信じたくないけれど……さっきの動画は杏奈ちゃんだったわ」
善財詩子が静かに、でも冷静さを保った声で言い、みんなが黙った。
ラーメンはどんどん冷めていく。
「ねえ、うちのホテルの中華で食事しない? 御招待するわ」
たしか城之内桜月の家は、日本を代表する高級ホテルだ。
圭一郎が俺をそっと見た。
俺は圭一郎に小さくうなずく。俺の気持ちは伝わったはずだ。
「ご招待ありがとうございます。ですがまた日を改めましょう」
三山タイシとして圭一郎が発言する。
「そうね、今日はここでお暇しましょう。三山君、田鍋君また学園で」
詩子がひきとり、桜月をつれて帰っていった。
 佐藤杏奈の作ったラーメンは誰にも手をつけられることなく、放置されていた。
 詩子と桜月を玄関まで見送った圭一郎が戻って来た。
「念のため、先ほどの動画を城之内さんから送っていただきました。ご覧になりますか?」
「いや、いい」
大紫にはまだ信じられなかった。信じたくなかった。
「このラーメンになにか入っていると思うか?」
「わかりません。ですがすっかりのびてしまいましたね。片づけましょう」
圭一郎が器に手を伸ばす。
「いや待て。食べてみる」
「大紫様?!」
圭一郎の心配顔を無視して、大紫はのびたラーメンをすすった。スープも冷めていて、お世辞にもおいしいとはいえない。それでも大紫は食べ続けた。佐藤杏奈は無実だと信じるために。
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