私と御曹司の始まらない恋の一部始終
第21話 後夜祭の揺れる想い
クラスTシャツに着替えた大紫は、ライオンの衣装を急いで身に付けている圭一郎に尋ねた。「さっきの杏奈はなんだったんだ。急に婚約だの言いだして、まったくもって意味がわからない」
「大紫様はBLをご存知ですか」
「BL? ブラックリストのことか?」
「いえそちらではなく」
「じゃあなんだ、それが杏奈と関係あるのか」
「佐藤様は大きな勘違いをしていらっしゃるのです。ですが今はそれを正すことよりも、大紫様のお母上をお迎えすることが最重要事項と判断いたしました。そのため佐藤様にはいったん話をあわせてお帰りいただくことにしたのです」
「勘違いとはなんだ?」
圭一郎のスマホがメールの着信を告げる。
「大紫様、お母上がご到着されました」
S組専用の応接室に行くと、三山桂子が
「まあ圭一郎ちゃん、よく似合っているわ。主役なんて素晴らしいわね、私も見たかったわ。ねえ録画はないの?」
と手放しで圭一郎をほめそやした。
「残念ながら録画はございません」
「そうよね、この学園はそういうところ厳しいものね」
秀礼学園には良家の子女が多く通う。ましてS組となると日本の政治・経済・文化に深くかかわる家が多い。犯罪に巻き込まれること、悪用されることを恐れて、生徒の画像や情報は外に出ないよう厳密に管理されていた。ただ圭一郎によれば、私服姿でSNSをしている生徒がかなりいるという話だ。
「大紫はなにをやったの? 監督? まあ頼もしいこと」
話がようやく息子の大紫に向けられた。
「大紫様はクラスメートの皆様に慕われ、リーダーシップを発揮されて見事なご活躍でございました」
「きっとそれも圭一郎ちゃんがそばにいてくれるからね。ありがとう圭一郎ちゃん。それで……」
大紫は身構えた。
「素敵な方はいらっしゃっるのかしら」
きた。
「大紫も来年には卒業でしょう。それまでに自分でお相手を見つけられなければ、おじい様とも相談して私たちであなたにふさわしいご令嬢を探すことになるけれど、どうなのかしら」
大紫はどう答えるべきか戸惑った。
もともと三山家の長男は見合いでしかるべき相手と婚姻関係を結び、その財産を守ってきた。だがその伝統に風穴をあけたのが大紫の父だ。父は秀礼学園在学中に母に出会い、三山家で初めての恋愛結婚をした。そのため両親は、大紫が学園在学中に自由恋愛をして結ばれることに文句を言うつもりはない。むしろ奨励している。だが相手は秀礼学園の生徒に限られる。それなりの家柄の子女であるからだ。一般の大学に進学すれば様々な学生に出会い選別が難しくなる。そのため秀礼学園高等部在籍中に相手を決められないならば、三山家の決めた相手を生涯の伴侶にするよう、おじい様に言い渡されていた。
三山家にふさわしい品格のある女子といったら詩子だろうか、と大紫は考えた。礼儀正しく控えめだが、言うべきことはいい、クラスをまとめていく人望も能力も持っている。
でもなぜか……杏奈が笑っている顔が頭に浮かぶ。
「大紫様は女子生徒からも信頼厚く慕われております。あとは大紫様のお気持ち次第かと」
返答しかねていた大紫のかわりに、圭一郎が答えた。
「そうなのね、では大紫の報告を待つとしましょう」
このあと、母に何百回も聞かされた、高校時代の父との出会いから恋愛結婚にいたるまでの波乱万丈の愛の物語がまた始まりかけたので、大紫は「後夜祭があるから」と圭一郎を連れて逃げ出した。
中庭へ行くと、もう後夜祭も終わるところだった。キャンプファイヤーの火をS組の生徒たちが囲んでいる。ただ、なにかが違う。
「三山君、田鍋君、今日はお疲れ様。用事はお済になったの?」
「はい、今日は勝手に主役を交代してしまい善財さんも驚かれたでしょう。すみませんでした」
話しかけてきた詩子に、三山タイシのふりをしている圭一郎が応じる。
「そうね、少し驚いたけれど、田鍋君のライオン役はとても良かったわ」
「そうだろう!」
田鍋ケイイチロウとして大紫が答えた。
「ところで詩子、なにやら皆の様子がいつもと違う気がするのだが、気のせいだろうか」
「それは……」
詩子が顔を赤らめた。
「カップルになった方々がいるの」
何!と驚いて見渡せば、たしかに3組ほどの男女が寄り添って手をつないで火を囲んでいた。いつもと何かが違うと感じたのは、このせいだったのか。
英国パブリックスクールでは行事のあとにみんなでソーダ水を飲み、チキンにかぶりついた思い出があるが、男女共学ではカップルが誕生するのか。大紫は異文化に触れたような軽いショックを受けた。
「共学の学園祭ではこのようなことが起きるのだな」
「でも今までこんなにカップルが生まれたことはなかったわ。今年はみんなYUNの歌声を聞いて、背中を押されたのね」
「YUN? なんだそれは」
詩子がYUNについて説明し、彼女が後夜祭でゲリラライブを音楽室から行ったと教えてくれた。「YUNの曲を聴くと、好きな人のことを思い浮かべてしまうのよ」
「それでみんなが告白をしてカップルが誕生したのか。すごいものだな。詩子も誰かを思い浮かべたりするのか?」
「わ、わたしは、そんな……!」
詩子がいつになく動揺したじろいだ。
圭一郎が咳払いをする。大紫は自分がプライベートに踏み込み過ぎたと気が付き、すぐに話題を変えた。
「ところで詩子、杏奈はどこにいるか知っているか。聞きたいことがあるのだが」
実際、杏奈に先ほどの医務室での話の真意を聞かなくてはならない。
「杏奈ちゃんならもう帰ったわ。目的は果たせたって、なんだかとてもすっきりしたお顔をしてたの」
詩子が何かにハッと気づいてつぶやいた。
「もしかして杏奈ちゃんも告白を……?」
詩子は三山タイシ(圭一郎)を見て、さっと目をそらすとうつむいた。
杏奈が告白?
そういえば杏奈はなぜ医務室に来たのだ? 圭一郎を追いかけて?
医務室で「私を婚約者にしてみない?」と杏奈が圭一郎(三山タイシ)に言ったのを思い出す。あれは告白なのか?
「表向きの婚約者」とはいったいなんだ?
圭一郎が言っていたBLというのもなんだ?
寄り添いあうカップル、うつむく詩子、自分より杏奈を知っているらしい圭一郎を見ながら、大紫はいつになく不安な気持ちになった。
「大紫様はBLをご存知ですか」
「BL? ブラックリストのことか?」
「いえそちらではなく」
「じゃあなんだ、それが杏奈と関係あるのか」
「佐藤様は大きな勘違いをしていらっしゃるのです。ですが今はそれを正すことよりも、大紫様のお母上をお迎えすることが最重要事項と判断いたしました。そのため佐藤様にはいったん話をあわせてお帰りいただくことにしたのです」
「勘違いとはなんだ?」
圭一郎のスマホがメールの着信を告げる。
「大紫様、お母上がご到着されました」
S組専用の応接室に行くと、三山桂子が
「まあ圭一郎ちゃん、よく似合っているわ。主役なんて素晴らしいわね、私も見たかったわ。ねえ録画はないの?」
と手放しで圭一郎をほめそやした。
「残念ながら録画はございません」
「そうよね、この学園はそういうところ厳しいものね」
秀礼学園には良家の子女が多く通う。ましてS組となると日本の政治・経済・文化に深くかかわる家が多い。犯罪に巻き込まれること、悪用されることを恐れて、生徒の画像や情報は外に出ないよう厳密に管理されていた。ただ圭一郎によれば、私服姿でSNSをしている生徒がかなりいるという話だ。
「大紫はなにをやったの? 監督? まあ頼もしいこと」
話がようやく息子の大紫に向けられた。
「大紫様はクラスメートの皆様に慕われ、リーダーシップを発揮されて見事なご活躍でございました」
「きっとそれも圭一郎ちゃんがそばにいてくれるからね。ありがとう圭一郎ちゃん。それで……」
大紫は身構えた。
「素敵な方はいらっしゃっるのかしら」
きた。
「大紫も来年には卒業でしょう。それまでに自分でお相手を見つけられなければ、おじい様とも相談して私たちであなたにふさわしいご令嬢を探すことになるけれど、どうなのかしら」
大紫はどう答えるべきか戸惑った。
もともと三山家の長男は見合いでしかるべき相手と婚姻関係を結び、その財産を守ってきた。だがその伝統に風穴をあけたのが大紫の父だ。父は秀礼学園在学中に母に出会い、三山家で初めての恋愛結婚をした。そのため両親は、大紫が学園在学中に自由恋愛をして結ばれることに文句を言うつもりはない。むしろ奨励している。だが相手は秀礼学園の生徒に限られる。それなりの家柄の子女であるからだ。一般の大学に進学すれば様々な学生に出会い選別が難しくなる。そのため秀礼学園高等部在籍中に相手を決められないならば、三山家の決めた相手を生涯の伴侶にするよう、おじい様に言い渡されていた。
三山家にふさわしい品格のある女子といったら詩子だろうか、と大紫は考えた。礼儀正しく控えめだが、言うべきことはいい、クラスをまとめていく人望も能力も持っている。
でもなぜか……杏奈が笑っている顔が頭に浮かぶ。
「大紫様は女子生徒からも信頼厚く慕われております。あとは大紫様のお気持ち次第かと」
返答しかねていた大紫のかわりに、圭一郎が答えた。
「そうなのね、では大紫の報告を待つとしましょう」
このあと、母に何百回も聞かされた、高校時代の父との出会いから恋愛結婚にいたるまでの波乱万丈の愛の物語がまた始まりかけたので、大紫は「後夜祭があるから」と圭一郎を連れて逃げ出した。
中庭へ行くと、もう後夜祭も終わるところだった。キャンプファイヤーの火をS組の生徒たちが囲んでいる。ただ、なにかが違う。
「三山君、田鍋君、今日はお疲れ様。用事はお済になったの?」
「はい、今日は勝手に主役を交代してしまい善財さんも驚かれたでしょう。すみませんでした」
話しかけてきた詩子に、三山タイシのふりをしている圭一郎が応じる。
「そうね、少し驚いたけれど、田鍋君のライオン役はとても良かったわ」
「そうだろう!」
田鍋ケイイチロウとして大紫が答えた。
「ところで詩子、なにやら皆の様子がいつもと違う気がするのだが、気のせいだろうか」
「それは……」
詩子が顔を赤らめた。
「カップルになった方々がいるの」
何!と驚いて見渡せば、たしかに3組ほどの男女が寄り添って手をつないで火を囲んでいた。いつもと何かが違うと感じたのは、このせいだったのか。
英国パブリックスクールでは行事のあとにみんなでソーダ水を飲み、チキンにかぶりついた思い出があるが、男女共学ではカップルが誕生するのか。大紫は異文化に触れたような軽いショックを受けた。
「共学の学園祭ではこのようなことが起きるのだな」
「でも今までこんなにカップルが生まれたことはなかったわ。今年はみんなYUNの歌声を聞いて、背中を押されたのね」
「YUN? なんだそれは」
詩子がYUNについて説明し、彼女が後夜祭でゲリラライブを音楽室から行ったと教えてくれた。「YUNの曲を聴くと、好きな人のことを思い浮かべてしまうのよ」
「それでみんなが告白をしてカップルが誕生したのか。すごいものだな。詩子も誰かを思い浮かべたりするのか?」
「わ、わたしは、そんな……!」
詩子がいつになく動揺したじろいだ。
圭一郎が咳払いをする。大紫は自分がプライベートに踏み込み過ぎたと気が付き、すぐに話題を変えた。
「ところで詩子、杏奈はどこにいるか知っているか。聞きたいことがあるのだが」
実際、杏奈に先ほどの医務室での話の真意を聞かなくてはならない。
「杏奈ちゃんならもう帰ったわ。目的は果たせたって、なんだかとてもすっきりしたお顔をしてたの」
詩子が何かにハッと気づいてつぶやいた。
「もしかして杏奈ちゃんも告白を……?」
詩子は三山タイシ(圭一郎)を見て、さっと目をそらすとうつむいた。
杏奈が告白?
そういえば杏奈はなぜ医務室に来たのだ? 圭一郎を追いかけて?
医務室で「私を婚約者にしてみない?」と杏奈が圭一郎(三山タイシ)に言ったのを思い出す。あれは告白なのか?
「表向きの婚約者」とはいったいなんだ?
圭一郎が言っていたBLというのもなんだ?
寄り添いあうカップル、うつむく詩子、自分より杏奈を知っているらしい圭一郎を見ながら、大紫はいつになく不安な気持ちになった。