私と御曹司の始まらない恋の一部始終

第23話 差し伸べられた手

 三山家のロールスロイスの後部座席に体を沈み込ませた杏奈は、田鍋ケイイチロウのことを考えていた。
 最悪だ……。
学園祭のあと、医務室で半裸でベッドにいた二人を見た時は、なるほど二人は付き合っているのかと思ったのだ。
どうして今までその可能性を考えなかったのか不思議なくらい、二人はいつもそばにいた。三山君は執事らしからぬ横柄な田鍋ケイイチロウをしたいようにさせているし、怪我をした田鍋ケイイチロウを真っ先に医務室に連れて行ったのも三山君だった。
三山君の行動は、主が執事に対してとる行動を超えていたように思う。そこに恋愛感情があったから、となればすべて説明がつく。
そしてあの瞬間、杏奈はすべて諦められると思った。
同時に、二人のために偽物の婚約者になれればいいと思いついた。杏奈の罪悪感もなくなるし、素晴らしい考えだと思ったのだ。
なのに。
二人はつきあっていないなんて。
おかげで杏奈がただお金欲しさに婚約者になりたがっていることがばれてしまった。もうおしまいだ。
田鍋ケイイチロウの怒った声が耳にこだまする。
明日は振り替え休日でお休みだけど、明後日からはどんな顔で顔を合わせたらいいんだろう。
あ、でも日下部雪華がとうとう学園に来なかったし、もうS組にはいられなくなるのか……ちょうどよかった。ははは……笑おうとして顔がひきつる。
 スマホにからメッセージが届いた。
「S組の劇で小鹿をやってたの、杏奈ちゃんよね?」
バレちゃった。顔を特殊メイクで隠してたって、ゆりぴょんにはわかっちゃうよね。A組で毎日しゃべってたんだもの。A組に戻ったらなんて説明しよう。杏奈が企んだ計画を話したら嫌われちゃうかな。
どっちみち秀礼学園も辞めなけれないけなくなるだろう。借金も返せないし、友達も失うし、私はこの1か月なにをしてたんだろう。杏奈は涙をぬぐった。
 またメッセージが届いた。今度は日下部雪華から今すぐ来てほしいという内容だった。
「すみません、ここで降ります!」
三山家のロールスロイスで日下部家に行くわけにはいかない。杏奈は適当なところでおろしてもらうと、日下部家の高層ビルへ向かった。

「佐藤杏奈です。雪華さんに呼ばれて……」
高層ビル最上階にある日下部家の入り口で杏奈が告げると、和服のお手伝いさんがなぜか杏奈を応接間に通した。
「まあまあまあ杏奈さん、よくいらしてくれたわ」
雪華の母親が上機嫌で現れた。
「あなたのおかげで雪華も落第しないですんだわ」
「え?!」
どういうこと? もしかして雪華は学園祭に来てくれたの?
「お母さま、杏奈を呼んだのは私よ!」
雪華が姿をあらわした。
「ほほほ。ごめんあそばせ。杏奈さん、これからも雪華をよろしくね」
「杏奈、私の部屋に行くよ」
雪華の部屋に入った杏奈はすぐに「どういうこと?」と雪華に聞いた。
「学園祭ってやっぱいいね! めっちゃアガった」
「来てたの? 劇を見に?」
「劇は見れなかった。いろいろ準備があってさ」
「準備って?」
「それはいいからさ、したの? 告白」
「……できなかった」
「ええー! なんだあ。せっかく応援したのに。できなかったんだ」
「うん」
「どうするの、このまま告白しないつもり?」
「私、嫌われちゃったから」
「なんでよ、何かあった?」
田鍋ケイイチロウの怒気を含んだ声をまた思い出す。杏奈がお金目的で三山タイシの婚約者になろうとしたことがバレたのだから、執事の田鍋君が怒るのも当然だ。杏奈のことを悪い人間だと思ってるだろう。たしかに悪いことだけど……杏奈だって借金問題がなければこんなことはしなかった。でもやっぱりよくないことだったよね……今はただ、田鍋君に嫌われたのがつらい。
日下部雪華が心配そうに杏奈が話すのを待っている。でもさすがに話せない。
「知られたくなかったこと、知られちゃった」
雪華がその内容を聞きたいけど我慢しているのが見て取れた。そんな雪華の顔を見たら、また田鍋ケイイチロウの顔が浮かんだ。
「でも、知ってほしかったような気もする。変だけど」
田鍋君にちゃんと話したい。私のことを。私の気持ちを。
でもそんなの勝手すぎる。
田鍋君はもう私と話したくないはずだ。
杏奈は涙が出そうになるのをこらえた。
「杏奈! サイコーだよ!」
雪華が目をうるませている。
え、何?
「わたし、明日から学園に行く。杏奈の恋を見届ける。ああもう、今すぐ没入したいから今日は帰ってくれる? 明日また学園でね!」
「明日はまだ振替休日だけど」
「そうなの? オッケー!」
杏奈は慌ただしく雪華の家を出た。
よくわからないけど、雪華が学園に来るなら、私はまだS組にいられるってこと?
でもS組にいる必要ってもうなくない? 三山君の婚約者になる計画は崩れ去った。むしろ顔を合わせるのもためらわれるレベル。
響と游は可哀想だけれど、やっぱり秀礼学園をやめて、払い戻してもらった授業料で、新しい家を見つけるしかないのかもしれない。借金を返せないかぎり、今住んでいる家からは追い出されてしまうのだから……。


「ならば、この家にしばらく住まわせればいいじゃないか」
名案だと三山大紫は思った。
 圭一郎が、なぜ佐藤杏奈が金のために婚約をしたがっているのか事情を調べ報告してくれた。
「なるほど、親が借金を残して失踪中か。だが杏奈は高校生だ、たとえ親の借金といえども子供には返済義務はないはずだ」
「さようでございます。ですが佐藤様のお住まいの抵当権が人に渡っておりますので、期日までにご両親様が借金をお返しにならなければ、佐藤様とご妹弟は家を追われることになります」
「ふうむ、両親はあてにならないので、杏奈がなんとかしようと考えているわけか」
「おそらく」
杏奈が金のために婚約者にしてほしいと願った理由がわかって、大紫は少しだけほっとした。私利私欲ではなく、やむにやまれぬ事情となれば同情の余地もある。
「借金は5千万だったな、俺が立て替えてやるわけにはいかないのか」
「大変お優しいお考えですが、金銭貸借契約の締結、税金のかかりなど考えますと簡単なことではないと思われます。お父上様の御耳にも入るでしょうし」
「それはよくないな」
だがこのまま杏奈を放っておくわけにもいかない。家を追い出された杏奈に行く先はあるのか。
「親戚など頼るあてはないのか?」
圭一郎が静かに首を横に振る。
「残念ながら疎遠なようです」
ふうむ、そうなると杏奈と妹弟はどうなるのか。
そして思いついたのである。この家にしばらく住まわせればいいのではないかと。
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