私と御曹司の始まらない恋の一部始終

第24話 三山家の家に

ここに私が住む? 響と游も一緒に?
翌日、三山家を再び訪れた杏奈は、三山タイシからの突然の申し出に頭が追い付かなくてクラクラしていた。
「僭越ながら佐藤さんのご家庭の内情を調べさせていただきました。二か月先にはお住まいを出る必要に迫られていると知り、佐藤さんのご心痛はいかほどかとケイイチロウと話しあったのです」
「それでだ、この三山家にはちょうどいい家があるんだ」
田鍋ケイイチロウが自慢気に話す。
杏奈は目の前のこじんまりした平屋建ての一軒家を見つめた。
「三山家専属の庭師が御夫婦で暮らしていたのだが、奥方のご病気をきっかけに引退されてな、次の庭師は自宅から通いで仕事をしたいというので、今は誰も使っていないんだ。あまり広くはないが風情のある家だ、どうだ?」
どうって……。
簡単に答えられることじゃない! だいたい昨日は田鍋君は私に失望して怒っていたはず。ひょっとして私の事情を調べて、怒りが同情に変わったということ? 私はそれに甘えちゃっていいの? もしかして家を追い出されてもここに住んでいいなら、秀礼学園にも通い続けることができるの? けど三山家の敷地内に住むってどうなの? それってどういうことなの? 
杏奈の混乱をよそに、一軒家から響と游が転がるように出てきた。
「お姉ちゃま! すっごく素敵なおうちよ!」
「ご本に出てくるおうちみたい!」
杏奈は響と游に手をひかれるまま、中へ入ってみた。
平屋建ての一軒家は、お庭の景観のじゃまにならないよう、和洋折衷の、木と石でつくられた凝った建物で、中はたしかに外国のような、絵本のなかのような、懐かしくて心がおちつく空間だった。
「素敵……」
「ねえお姉ちゃま、響、ここに住みたい」
「僕も!」
「待って、そんな簡単なことじゃないのよ」
はしゃぐ響と游を杏奈は必死でなだめた。
「なにがいけないんだ、気に入ったのなら住めばいいではないか」
田鍋ケイイチロウが不服そうな顔で立っていた。
「でも……」
答えられないでいると、ふいに田鍋ケイイチロウが三山君の肩に腕をまわし
「杏奈、俺たちはその……BLだ」
「は?!」
突然、何?
「この前は誤解だと言ったが、本当はBLだ」
「え?」
「だがこのことを黙っていてほしい。この家はその口止め料だ」
「え」
やっぱり田鍋君と三山君って……でもなんだか、ただの仲良しさんにも見える。もしかして私をここに住まわせるために田鍋君は嘘を言ってる?
そのとき、三山君がケイイチロウの腕を肩から外し、その手を握って、指をからめた。
これは……恋人つなぎ!
じゃあやっぱり二人はそういう関係?! おろおろする杏奈に三山君が言った。
「いきなりこちらに住むのではなく、まずは試しに1週間ここで暮らしてみてはいかがでしょう。それでもしご自宅の権利を奪われたときに、この家を選択肢のひとつと考えていただければ」
 なるほど。お試しか……。
「ありがとう、そうさせてもらえる?」
三山君のやさしくて道筋の通った話し方に言いくるめられた気もしたけど、まずはお試しっていうなら悪くない。これで不安がひとつなくなるかもしれない。
なのにどうしてかな、杏奈の心はざわざわしている。
田鍋君と三山君はやっぱりつきあってたの? 
前に杏奈の手をひいてくれたケイイチロウの大きな手が、三山君と指をからめていた。
二人の恋人つなぎが、杏奈の頭から離れない。


「さすが圭一郎だ、いいアシストだった」
三山大紫は自室で紅茶を飲みながらくつろいでいた。佐藤杏奈とその妹弟が路頭に迷うのをふせいだ充実感で大紫はとても満足していた。
この家に住まわせればいいと言った大紫に、庭師の家はどうかと提案したのも圭一郎だった。三山家の屋敷内に空いている部屋はたくさんあるが、自分たちが学園で身分を入れ替わっていることがバレてしまいかねない。それにいくら広大な屋敷とはいえ一つ屋根の下というのはよくない噂もたつかもしれない。なにより両親に杏奈のことを聞かれるだろう。
それらの懸念をすべて解決するのが庭師の家だった。三山家の母屋には入らないように言えば入れ替わりもばれないだろうし、両親には、佐藤家が家をリフォームするまでの仮住まいと説明すると口裏もあわせた。何もかもうまくいった。
「ですが大紫様、BLの設定は必要だったのでしょうか」
「ああ、あれか。杏奈がなかなか承諾しないのでつい言ってしまった。問題か?」
「……いえ」
圭一郎の様子がおかしいことに大紫は気が付かなかった。
なにしろ杏奈と妹弟がさっそく今夜、庭師の家に泊まることになったのだ。
佐藤杏奈が近くにいる。
大紫の中でなにかが高揚している。
だが佐藤杏奈には好きな人がいるのだ。これは人助けをした達成感に違いないと、大紫は自分に言い聞かせた。


 翌日、杏奈はバスを乗り継いで学園に登校した。三山家のロールスロイスで送迎すると田鍋君に言われたのだけど、さすがに遠慮した。一昨日までの杏奈ならロールスロイスで登校して、三山家で暮らしていることをアピールして、自分こそが三山タイシの婚約者になるのだと見せつけようと考えたかもしれない。
でも、住む家さえあれば学園を辞める必要もない。つまり三山君の婚約者になって支度金をもらう必要だってないのだ。今まで住んでいた家が借金のためにとられてしまうのは悲しいけれど、今はむしろサッパリした気持ちだ。
家を探す必要も学園を辞める必要も、三山君の婚約者になろうと頑張る必要もない!
重荷がいっぺんになくなって、杏奈は正直に自分と向き合うことができた。
三山君の婚約者になろうと必死だったこの1か月、よくお腹が痛くなっていた。今思えばその痛みは罪悪感からきていたのだろう。お金のために三山君に近づくなんて本当はしてはいけないとわかっていた。でも五千万なんて大金を普通の女子高生にどうにかできるはずもなく、自分のなかの倫理観には目をそむけて必死だったのだ。でもこれからは普通の女子高生に戻っていいんだ。
けどそれは、S組で? それともA組に戻って?
学園祭のあとゆりぴょんから来たメッセージにまだ返信していなかったのを思い出す。
A組に戻って、ゆりぴょんと平凡な日常を笑って過ごしたい。S組にいる必要はもうない。だって田鍋君と三山君は付き合っているんだから。
「ねえ、教室入らないの?」
振り返ると、日下部雪華がいた。
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