私と御曹司の始まらない恋の一部始終
第26話 恋バナクラブ発足
「ウタちゃん?!」
恥じ入るようにうつむき、手をもじもじとさせてウタちゃんが立っていた。
「盗み聞きなんて詩子らしくないじゃん」
「違うの! 雪華ちゃんが杏奈ちゃんの好きな人のことを聞こうとなさってたから気になって」
「だーかーら、それ、盗み聞きでしょ?」
ウタちゃんがハッとしてうつむいた。杏奈は見ていられず
「私のこと気にかけてくれたんだよね、ありがとう。でも驚いたでしょ、私がその、お金のために婚約者になるつもりだったなんて」
と自嘲気味に謝った。ところが
「そんなことないわ! わたし、今ふるえるほど感動していたの」
「感動?!」
杏奈と雪華、ゆりぴょんは顔を見合わせた。
「ご妹弟を守るために婚約を決意なさるなんて、なかなかできないことだと思うの。自由恋愛に憧れていた自分を恥じ入るばかりよ。杏奈ちゃん、尊敬するわ」
ウタちゃんが何を言っているのかわからなくて杏奈は言葉に詰まった。
「ああ、詩子もそーゆー家だもんね」
雪華が何か理解した風に言う。
「えーっと、どういうこと?」
ゆりぴょん、よくぞ聞いてくれた!
「詩子も婚約をすすめられてるんでしょう?」
ウタちゃんが静かにうなずいた。
「でも気乗りしないんだね。どこの人?」
「それは……」
ウタちゃんは雪華にだけ耳打ちした。
「うっわ、その人、たしか30歳過ぎてるよね? オジじゃん!」
「でも、お父様もお母様も、善財家のためには一番いいお相手だとおっしゃるの」
「たしかにあの家なら感あるけど、詩子が嫌なら断ってよくない?」
「私もそう考えていたの。でも杏奈ちゃんがお家のために婚約を決意したと知って、私、自分の考えは幼かったって思い知らされたわ」
「ちょっと待って」
杏奈は勢いよく否定した。
「私、ぜんぜんだよ、ウタちゃんに尊敬されるような立派な話じゃないの、むしろ軽蔑されるような打算的な話なんだから!」
「え……」
「あの、初めましてのあたしが言うのもアレだけど、好きじゃないのに婚約なんて悲しくない?」
ゆりぴょんが首をかしげながら遠慮がちに言う。
「そーそー、まあ詩子の家のことはいったん置いといて話戻すけど、杏奈の婚約者計画は失敗したっていうのはどういう話なのよ」
「わたしもそれが気になっていたの、杏奈ちゃんは三山君に告白しなかったの?」
「え、なになに、聞きたい!」
雪華、ウタちゃん、ゆりぴょんが好奇心丸出しで杏奈をのぞきこんだ。
どうしよう……。
後夜祭の最中、たしかに杏奈は告白しようとしていた。
でも三山君と田鍋君が付き合っていると思った杏奈は、口止めのかわりに婚約者になりたいと交渉したのだ。今思うとあまりにも自分勝手だった。
そのあと2人はいったん関係を否定したけど、この前はまたBLなんだと言っていた。真相はわからないけど、もし2人が本当にBLなんだとしたら勝手に言うわけにはいかない。
「えーと、告白する前に、支度金目当てだってバレちゃって、断られちゃった」
これなら嘘はいってない。
「なんだ恋バナ未満か」
雪華があからさまにがっかりしている。
「ねえ三山家の御曹司ってどんな人? イケメン?」
三山タイシに会ったことのないゆりぴょんは興味津々だ。
「うん、クール系」
「きゃ! 背は?」
「高いほうかな」
田鍋ケイイチロウの方が背が高くてスタイルがいいけどね。
「良き~! 性格は?」
「いい人だよ」
「たとえば?」
「そうだなあ」どう答えようか考えていると
「三山君はおごり高ぶったところが一つもなくてね、物静かで冷静で、でも冷たい訳ではないの、むしろ温厚な方だと思うわ。さりげなく気配りをしていて、紳士的で、本当にスマートな方だと思う」
ウタちゃんが代わりに答えてくれた。
「えー! ゆりも見てみたいなあ。ねえ、そんな素敵な人ならさ、お金のためとか置いといて好きになったりしちゃわない?」
「え、あーうん、まあ……ね」
たしかに、三山君のことを本気で好きになるのもアリかもって思ったことはあった。でも……。
「ねえ待って! それだよ!」
雪華が何かひらめいたらしい。
「杏奈はお金のために婚約しようとしたから断られたわけでしょ? 杏奈のことが嫌いで断られたわけじゃない。だったらこの恋バナはまだ終わってない!」
「だよねえ!」
雪華とゆりぴょんの顔が輝きだす。
「杏奈の気持ちはどうなの? 彼のこと一人の異性として好き?」
まっすぐ見つめられて杏奈は戸惑った。
「この前うちで杏奈が彼のこと話してたとき、あれは恋をしてる顔だった」
雪華にするどく指摘される。
でも杏奈があのとき思い浮かべていたのは三山君じゃない。それに……
「待って待って、全然そんなことないし、脈もまったくないから」
「そうなの~? さみしい~」
ゆりぴょんは残念そうで、雪華はまだ疑っている感じだ。
「もしかしてそれは、三山君にはもう決まった人がいるということ?」
ウタちゃんも鋭い質問を投げてきた。たしかに三山君には田鍋君がいるけど、そのことは話せない。
「ど、どうだろう、知らない」
ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、杏奈はほっとした。
「ごはん食べ損ねちゃったね」
「ゆり、ダイエット中だから大丈夫」
「じゃあまた、ちゃんと連絡するね」
杏奈たちはS組校舎へ、ゆりぴょんは一般校舎へ戻ろうとしたとき
「あの、またこうして4人で会ってお話できないかしら?!」
ウタちゃんが呼び止めた。
「わ、わたし、こんなふうに恋の話をしたのは初めてで、もっとお話し聞きたいし、したいわ」
「詩子、なんか変わった? いいじゃん! 話そうよ!」
「ゆりも同じこと思ってた~」
「じゃあとりあえず連絡先交換してグループ作るか」
気が付くと杏奈も交えて4人でグループが作られていた。
「グループ名どうしよ」
「……『恋バナクラブ』はどうかしら」
「ダッサ! うん、でもいいね、アリかも」
雪華が笑って、ウタちゃんの案で決まりになった。
その夜、三山家では三山大紫が執事の田鍋圭一郎を呼び、ヘアドライヤーをあててもらっていた。
「杏奈はどうしているんだろうな。あの家できちんと暮らせているんだろうか。何か不足がないか聞きたいが、学園でそんな話もできないしな。同じ敷地内に住んでいるというのに案外遠く感じる。この家が広すぎるのだ、まったく!」
圭一郎は黙ってドライヤーを当て続けている。
大紫の独り言が聞こえているかもしれないが、聞こえていない様子の圭一郎は実に望ましい。
「終わりました、大紫様」
ドライヤーの音が止んだので、大紫も独り言をやめる。
圭一郎が大紫の髪をブラッシングしながら
「そういえば」とたった今思い出したように話し始めた。
「佐藤杏奈様の妹君がピアノを習われているのですが、庭師の家にピアノがございません。日々の練習に困っていらっしゃるやもしれません」
「ピアノか……。それなら我が家の遊興室のものを使ってもらえばいい。うん、そうしよう。さっそく杏奈に連絡しておこう」
「大紫様がご連絡なさるのですか」
「もちろんだ、何しろ学園では俺が執事の田鍋ケイイチロウなんだからな!」
大紫はウキウキと杏奈にどうメッセージを送ろうか考え始めた。
恥じ入るようにうつむき、手をもじもじとさせてウタちゃんが立っていた。
「盗み聞きなんて詩子らしくないじゃん」
「違うの! 雪華ちゃんが杏奈ちゃんの好きな人のことを聞こうとなさってたから気になって」
「だーかーら、それ、盗み聞きでしょ?」
ウタちゃんがハッとしてうつむいた。杏奈は見ていられず
「私のこと気にかけてくれたんだよね、ありがとう。でも驚いたでしょ、私がその、お金のために婚約者になるつもりだったなんて」
と自嘲気味に謝った。ところが
「そんなことないわ! わたし、今ふるえるほど感動していたの」
「感動?!」
杏奈と雪華、ゆりぴょんは顔を見合わせた。
「ご妹弟を守るために婚約を決意なさるなんて、なかなかできないことだと思うの。自由恋愛に憧れていた自分を恥じ入るばかりよ。杏奈ちゃん、尊敬するわ」
ウタちゃんが何を言っているのかわからなくて杏奈は言葉に詰まった。
「ああ、詩子もそーゆー家だもんね」
雪華が何か理解した風に言う。
「えーっと、どういうこと?」
ゆりぴょん、よくぞ聞いてくれた!
「詩子も婚約をすすめられてるんでしょう?」
ウタちゃんが静かにうなずいた。
「でも気乗りしないんだね。どこの人?」
「それは……」
ウタちゃんは雪華にだけ耳打ちした。
「うっわ、その人、たしか30歳過ぎてるよね? オジじゃん!」
「でも、お父様もお母様も、善財家のためには一番いいお相手だとおっしゃるの」
「たしかにあの家なら感あるけど、詩子が嫌なら断ってよくない?」
「私もそう考えていたの。でも杏奈ちゃんがお家のために婚約を決意したと知って、私、自分の考えは幼かったって思い知らされたわ」
「ちょっと待って」
杏奈は勢いよく否定した。
「私、ぜんぜんだよ、ウタちゃんに尊敬されるような立派な話じゃないの、むしろ軽蔑されるような打算的な話なんだから!」
「え……」
「あの、初めましてのあたしが言うのもアレだけど、好きじゃないのに婚約なんて悲しくない?」
ゆりぴょんが首をかしげながら遠慮がちに言う。
「そーそー、まあ詩子の家のことはいったん置いといて話戻すけど、杏奈の婚約者計画は失敗したっていうのはどういう話なのよ」
「わたしもそれが気になっていたの、杏奈ちゃんは三山君に告白しなかったの?」
「え、なになに、聞きたい!」
雪華、ウタちゃん、ゆりぴょんが好奇心丸出しで杏奈をのぞきこんだ。
どうしよう……。
後夜祭の最中、たしかに杏奈は告白しようとしていた。
でも三山君と田鍋君が付き合っていると思った杏奈は、口止めのかわりに婚約者になりたいと交渉したのだ。今思うとあまりにも自分勝手だった。
そのあと2人はいったん関係を否定したけど、この前はまたBLなんだと言っていた。真相はわからないけど、もし2人が本当にBLなんだとしたら勝手に言うわけにはいかない。
「えーと、告白する前に、支度金目当てだってバレちゃって、断られちゃった」
これなら嘘はいってない。
「なんだ恋バナ未満か」
雪華があからさまにがっかりしている。
「ねえ三山家の御曹司ってどんな人? イケメン?」
三山タイシに会ったことのないゆりぴょんは興味津々だ。
「うん、クール系」
「きゃ! 背は?」
「高いほうかな」
田鍋ケイイチロウの方が背が高くてスタイルがいいけどね。
「良き~! 性格は?」
「いい人だよ」
「たとえば?」
「そうだなあ」どう答えようか考えていると
「三山君はおごり高ぶったところが一つもなくてね、物静かで冷静で、でも冷たい訳ではないの、むしろ温厚な方だと思うわ。さりげなく気配りをしていて、紳士的で、本当にスマートな方だと思う」
ウタちゃんが代わりに答えてくれた。
「えー! ゆりも見てみたいなあ。ねえ、そんな素敵な人ならさ、お金のためとか置いといて好きになったりしちゃわない?」
「え、あーうん、まあ……ね」
たしかに、三山君のことを本気で好きになるのもアリかもって思ったことはあった。でも……。
「ねえ待って! それだよ!」
雪華が何かひらめいたらしい。
「杏奈はお金のために婚約しようとしたから断られたわけでしょ? 杏奈のことが嫌いで断られたわけじゃない。だったらこの恋バナはまだ終わってない!」
「だよねえ!」
雪華とゆりぴょんの顔が輝きだす。
「杏奈の気持ちはどうなの? 彼のこと一人の異性として好き?」
まっすぐ見つめられて杏奈は戸惑った。
「この前うちで杏奈が彼のこと話してたとき、あれは恋をしてる顔だった」
雪華にするどく指摘される。
でも杏奈があのとき思い浮かべていたのは三山君じゃない。それに……
「待って待って、全然そんなことないし、脈もまったくないから」
「そうなの~? さみしい~」
ゆりぴょんは残念そうで、雪華はまだ疑っている感じだ。
「もしかしてそれは、三山君にはもう決まった人がいるということ?」
ウタちゃんも鋭い質問を投げてきた。たしかに三山君には田鍋君がいるけど、そのことは話せない。
「ど、どうだろう、知らない」
ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、杏奈はほっとした。
「ごはん食べ損ねちゃったね」
「ゆり、ダイエット中だから大丈夫」
「じゃあまた、ちゃんと連絡するね」
杏奈たちはS組校舎へ、ゆりぴょんは一般校舎へ戻ろうとしたとき
「あの、またこうして4人で会ってお話できないかしら?!」
ウタちゃんが呼び止めた。
「わ、わたし、こんなふうに恋の話をしたのは初めてで、もっとお話し聞きたいし、したいわ」
「詩子、なんか変わった? いいじゃん! 話そうよ!」
「ゆりも同じこと思ってた~」
「じゃあとりあえず連絡先交換してグループ作るか」
気が付くと杏奈も交えて4人でグループが作られていた。
「グループ名どうしよ」
「……『恋バナクラブ』はどうかしら」
「ダッサ! うん、でもいいね、アリかも」
雪華が笑って、ウタちゃんの案で決まりになった。
その夜、三山家では三山大紫が執事の田鍋圭一郎を呼び、ヘアドライヤーをあててもらっていた。
「杏奈はどうしているんだろうな。あの家できちんと暮らせているんだろうか。何か不足がないか聞きたいが、学園でそんな話もできないしな。同じ敷地内に住んでいるというのに案外遠く感じる。この家が広すぎるのだ、まったく!」
圭一郎は黙ってドライヤーを当て続けている。
大紫の独り言が聞こえているかもしれないが、聞こえていない様子の圭一郎は実に望ましい。
「終わりました、大紫様」
ドライヤーの音が止んだので、大紫も独り言をやめる。
圭一郎が大紫の髪をブラッシングしながら
「そういえば」とたった今思い出したように話し始めた。
「佐藤杏奈様の妹君がピアノを習われているのですが、庭師の家にピアノがございません。日々の練習に困っていらっしゃるやもしれません」
「ピアノか……。それなら我が家の遊興室のものを使ってもらえばいい。うん、そうしよう。さっそく杏奈に連絡しておこう」
「大紫様がご連絡なさるのですか」
「もちろんだ、何しろ学園では俺が執事の田鍋ケイイチロウなんだからな!」
大紫はウキウキと杏奈にどうメッセージを送ろうか考え始めた。