私と御曹司の始まらない恋の一部始終

第34話  入部審査

ついにこの日がやってきてしまった。
杏奈は朝から緊張していた。放課後に恋バナクラブが開催される。三山タイシと田鍋ケイイチロウが「恋」をテーマにした詩を発表し、入部できるかどうか決めるのだ。
「恋バナしたい男だっているし、むしろ聞きたいじゃん!」
雪華はノリノリだが、ウタちゃんと杏奈は入部拒否で一致していた。好きな人の恋バナを聞くなんてどんな地獄だろう。
 この前ウタちゃんが杏奈の団地まで来てくれた時、杏奈は本当のことを打ち明けた。
「あのねウタちゃん、私が好きなのは三山君じゃないよ。田鍋君なんだ」
「……まあ!」
「最初は三山君狙いだったよ。三山君は素敵だし、本当に好きになるかもって思ったこともある。でもどういうわけか、田鍋君のことが気になり始めちゃって……後夜祭でYUNの歌を聞いたとき確信したの。私は田鍋君が好き」
「では私たち、恋のライバルではないのね?」
「うん」
「良かった、私、杏奈ちゃんには敵わないって思っていたから」
可愛くて優しくてお金持ちのウタちゃんに、私が勝っていることなんて一つもないのに。でもこれがウタちゃんの魅力なんだろうと杏奈は思った。
「私も。ウタちゃんが田鍋君を好きじゃなくて良かった。ウタちゃんには敵わないよ」
「ふふふ」
ウタちゃんが笑って、杏奈も笑った。
「田鍋君も杏奈ちゃんを好きだと思うわ。二人とも行動力があって、気持ちが真っ直ぐで、すごくお似合い」
「そんなことないよ」
「いいえ、思い返せば田鍋君はいつも杏奈ちゃんを気にかけていたわ。桜月ちゃんのときも、あの貼り紙のときも」
「あれは私のためじゃなくて、ただ正義感が強いからだと思う」
「そうかしら」
田鍋君と三山君がつきあっていることはさすがに言えない。
「杏奈ちゃん、田鍋君に告白はするの?」
「え……」
告白なんてしなくてもフラれることはもうわかっている。だから告白する必要はない。
でも本当に意味がないことなのだろうか。
「いい? 誰かを好きになれたってめちゃくちゃ尊いことなんだからね。その気持ちは大事にして、ちゃんと伝えた方がいい」
雪華に言われた言葉が蘇る。
田鍋君に気持ちを伝えてもいいのだろうか。
つきあいたいのでもなく、両想いになりたいのでもなく、ただ気持ちを伝えるだけなら……それすら私のわがまま? わからない。
「私……三山君に告白しようと考えているの」
「え!」
ウタちゃんは三山君と田鍋君の関係を知らない。ウタちゃんに告白されたら三山君はお礼を言いつつも丁寧に断るだろう。ウタちゃんが失恋……? そんなのはイヤだけど、どうにもならない?
心配が顔に出てしまったのだろう、ウタちゃんが
「ごめんなさい、杏奈ちゃんにそんな顔をさせてしまって。でも大丈夫よ、うまくいかないことはわかっているの」
「そんなことわからないよ、ウタちゃんは優しいし可愛いし」
慌ててフォローしてみるけど、上滑りしてる感じが自分でもわかる。
「三山君は誰に対しても紳士なだけで、私は彼の特別ではないわ。でも、それでもちゃんと伝えたいの。だってこんな気持ちになったのは初めてなんだもの……!」
ウタちゃんの言葉で杏奈は目が覚める想いだった。
杏奈に芽生えた初めての気持ちを、ちゃんと伝えたい。なかったことにはできない、したくない。
次の恋バナクラブで、田鍋君に会った時に自分の気持ちを伝えよう。
田鍋君が恋の詩を発表し、あきらめがついたあとに、さっぱりした気持ちで伝えよう。
重くならないように、田鍋君の負担にならないように、さらっと伝えればいい。
 そう決めて、杏奈は今日を迎えたのだった。


 三山大紫は緊張していた。今日は杏奈が入っている秘密クラブの入部審査の日だった。
「課題の恋の詩は完成したのか?」
大紫が圭一郎に聞くと
「はい。大紫様はいかがですか?」
「俺は……」
大紫は言葉を濁した。
「それよりもだ、学園では俺が田鍋ケイイチロウで、お前が三山タイシになっている。つまりお前の書いた詩が、三山大紫の書いた詩ということになる」
「そうですね」
「ずいぶん落ち着いているが、お前がどんな詩を書いたのか、俺は事前に知っておくべきではないのか?」
「大紫様、そこは問題ございませんのでどうぞご安心ください。さあ、時間に遅れますよ、行きましょう」
圭一郎にはぐらかされたまま、大紫は音楽室へ向かった。

 音楽室に入ると、杏奈、詩子、雪華、それと百合が先に到着していた。ここからは大紫は田鍋ケイイチロウ、圭一郎は三山タイシとなる。
「ん? その制服は?」
杏奈と百合がS組生徒用の制服を着ていた。
「二人がS組音楽室に入りやすいように、着替えてもらった」
雪華が答える。
「S組の制服一度着てみたかったの~」
百合がスカートのすそを持ってくるくる回る。
「水を差すようで申し訳ありませんが、問題になりませんか?」
三山タイシこと圭一郎はさすがに慎重で、心配そうにしている。
「バレたらね。でもバレなきゃ大丈夫。でしょ?」
日下部雪華は以前は不登校だったと聞いていたが、S組になじまないタイプなのだろうと大紫は思った。だがこういう既存のルールを気にしない人間もまた尊重すべきだと大紫は考える。案外こういう人物が新しい仕組みを生み出したり、芸術を作り出したりするものなのだ。
もし三山タイシこと圭一郎が反対するなら、大紫が止めようと思っていたら
「それにさ、これから二人が発表する詩を誰かに聞かれたくないでしょ? ここは完全防音だしいいと思うよ」
雪華の言葉で、圭一郎も納得したようだった。
「では私から発表させていただきます」


 三山君が詩を発表した。
それは、幼くして渡英した三山タイシが、母親の作った手まり寿司を恋しく想いだす内容で、
カラフルで愛らしい手まり寿司が目に浮かび、母親の愛情が感じられ、三山タイシの淋しさと、でも母のためにも頑張ろうと決意するまでが伝わる、とても素敵な詩だった。
 三山君が詩を読み上げる前は緊張していたウタちゃんも、詩の内容がわかるにつれて安堵し、最後は拍手喝采だった。
「お母さまへの思慕が伝わる素敵な詩だったわ」
「ゆりも感動しちゃった」
田鍋ケイイチロウも「いろいろ思い出してしまった」と感極まっていた。
雪華だけが
「うまく逃げたって感じで気に入らない」
と不満を口にした。でも表現力の豊かさは認めているようだった。
「じゃあ次は田鍋君。今度こそテーマの恋の詩が聞きたいんで、よろしく」
途端に杏奈は緊張する。
田鍋ケイイチロウの恋の詩は、三山君のことを書いているのだろうか? それとも三山君みたいに家族への想い?
田鍋ケイイチロウがスマホを取り出した。きっとスマホに書いた詩が保存されているのだ。
杏奈は息が止まりそうだった。ところが……
「悪いが、みんなこの部屋から出て行ってもらえないだろうか。杏奈以外は」
思いがけない田鍋ケイイチロウの言葉に、みんながシンとした。
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