私と御曹司の始まらない恋の一部始終

第9話 ワイヤーアクションにご注意を

「ワイヤーアクションは可能なようです」
「よし!盛り上がってきたな!」
放課後、カフェテリアで三山君と田鍋君と話し合いをしていた杏奈は驚いた。三山君が有名なミュージカル劇団やスーパー歌舞伎の主催者に問い合わせて、道具を借りる算段をつけたらしい。さすが三山財閥の御曹司。なんでも可能にしてしまうツテも権力も持っている。
「ただ学校の協力が必要になります」
「それは実行委員の俺に任せておけ、と言いたいところだが、詩子に頼んだほうが早そうだ」
田鍋君はスマホのチャットアプリを開いてササッと操作する。
「詩子がやってくれるそうだ」
へえ~連絡先交換してるんだ。杏奈は出し抜かれた気持ちになった。
「善財さんは照明係もされてますから、演出についても一度ご相談したいですね」
「わかった、それも詩子に伝えとく」
なるほど。御曹司は直接連絡をとらないで、田鍋君が窓口になってるんだ。執事としての仕事をちゃんとしているわけね。
「田鍋君、私とも連絡先交換してくれない?」
「俺が? 杏奈と?」
なーんかムカつくけど、杏奈はにっこり笑って
「そう、田鍋君と私」と答えた。
三山君が微笑みを浮かべたのを私は見逃さなかった。もしかすると三山君は田鍋君を通して私と連絡をとりたいと思っているのかもしれない。

 三山大紫は田鍋圭一郎と自室でチェスに興じていた。
「大紫様、なにか良いことでもございましたか」
大紫が上機嫌であることを、圭一郎はなぜか見抜くから不思議である。
「いや、日本に帰って来たのも悪くなかったと思っただけさ」
「おや、日本は堅苦しいから嫌だと駄々をこねていたのに?」
「堅苦しいのはその通りだ。この家には使用人が多すぎる。自分で掃除していたロンドンの学生寮がなつかしいよ」
圭一郎が笑いをこらえるような顔をした。実際はお掃除ロボットのスイッチをいれていただけなのを圭一郎は知っているのだ。
「日本で三山の姓を隠して高校に通って、俺はずいぶん自信がもてた」
「はて。今まで自信のなかった大紫様をみたことはございませんが」
「おい圭一郎」
圭一郎が目を細めて笑っているのをみて、大紫はかまわず続けた。
「クラスメートは礼節と親しみのある態度で俺を受け入れている。あの佐藤杏奈までついに俺と親しくなりたがっている。田鍋ケイイチロウは眼中にないような振る舞いをしていたのにな!」
「わたくしも同じことを思っておりました。大紫様の魅力は肩書きではないことがはっきりと証明されましたね」
大紫は満足気にうなずいた。
「それで、大紫様の御心にとまる女性はいらっしゃいますか?」
圭一郎がチェスの駒を進めながら切り込んでくる。
「そうだなあ」大紫はしばらく考えてから「詩子はリーダーとしてもサポート役としても有能で品位を感じる」
「善財詩子様ですか。善財家は表だって実業界には出ておりませんが、五条財閥の直系で大株主。大紫様の御相手として相応しいお嬢様でございます。ですが……」
「気が早いな。俺は品があると評しただけだ」
大紫はナイトの駒を動かし、キングの守りを固めた。
 やれやれ、両親にも困ったものだ。自分たちが三山家始まって以来の恋愛結婚をしたからといって、俺にまで同じ道を歩ませようとは。
 大紫は女子にはだいぶ免疫がついてきたと感じていたが、恋愛となると未知の領域である。詩子のことは洗練されたレディだと認めるが、恋愛かと言われるとわからないのだった。
 その夜、田鍋ケイイチロウの名で作ったチャットアプリに佐藤杏奈からメッセージが届いていた。
「三山君が好きなものをなんでもいいので教えてください」
大紫は
「結局三山タイシか!」
と吐き捨てると返事をせずに眠りについた。
 一方杏奈は返信がこないので、田鍋君となんか連絡先交換するんじゃなかった、と口を尖らせた。

 ウタちゃんが学園と交渉し、ワイヤーアクションの許可が下りた。今日はその安全性を確認するためケイイチロウの体重と同じサンドバックを吊るして動かすことになっている。ケイイチロウは背が高いので、体重もそれなりにある。それをたった2本のワイヤーで吊るすのだ。
 杏奈はワイヤーを触ってみた。意外と細いのでびっくりしてしまう。
「本当に大丈夫なの?」
「プロも使ってるんだ、平気だろ?」
大道具係の大山君がノリノリでコントローラーを握っている。太いワイヤーだと観客に丸見えで興ざめはするだろう。
「もうちょっと高くあげられないか」
舞台から3メートルほどの高さまで吊り上げられたサンドバックを見て、ケイイチロウが指示を出す。
「あまり高すぎると見切れてしまいますよ」
三山タイシが客席から意見を述べる。
「声が届きにくくなるかも」
ちゃっかり三山タイシの隣に座った杏奈も、もっともらしく意見した。
そんな杏奈を舞台上から桜月がじっと見ているのに気がつく。
……何よ、文句ある? 心の中で杏奈は虚勢を張る。
先月、桜月にいわれた忠告は気になるが、学園祭の準備で脚本係が舞台監督と一緒にいるのはごく自然なことだ。ウタちゃんも何か言ってくる様子はない。でももしウタちゃんが……。
ウタちゃんに嫌われるのはイヤだな……。
あーもう早く三山君と恋愛関係になりたい! そうすれば何もかもうまくいくのに。
杏奈は不安な気持ちをかき消そうと、前を向き直す。
「だったら、ピーターパンのように客席の上を飛ぶのはどうだ?」
「安全性に問題がなければ」
「よし! 客席のほうに動かしてみてくれ!」
田鍋ケイイチロウが舞台上から大山君に指示を出し、宙づりになったサンドバックが杏奈と三山タイシの頭上を通り過ぎていく。
「いいじゃないか!」
「そうですねえ、照明はどうなるのでしょう。ちょっと見てきます」
そういうと三山君は立ち上がって行ってしまった。追いかけて行くのは不自然なので杏奈は席で待つことにする。
 三山君は照明係のウタちゃんと照明器具を動かしながら何か話している。
ウタちゃんのふわっとした茶色のロングヘア―と大きな目、三山君のすらりとした体型と切れ長の目。二人が並んでいると美しすぎて動揺しちゃう。
ウタちゃんは審判者だというけど、三山君のことをどう思っているのだろう。
 あ! 三山君の手が照明器具を動かしていたウタちゃんの手に重なった! 慌てて手を引っ込めた三山君が「失礼」とか言いながら頬を赤くしてる!
 なにこのイイ感じは?!
 杏奈はがっつり後ろを向いて、三山君とウタちゃんの様子に釘付けになった。
「キャー!」
女の子が叫んだ。私も叫びたい!
「杏奈、伏せろ!」
え? 
声がしたほうに振り返った杏奈が見たのは、ワイヤーが1本切れて宙づりで揺れているサンドバックだった。
「え?!」
不安定になったサンドバックはコントロールを失って大きく前後に揺れている。残り1本のワイヤーが支えきれず、ブチッと切れる音がした。
サンドバックが杏奈に向かって飛んでくる───!
とっさに腕で頭と顔を守ろうとした刹那、ドスンと鈍い音がして体に衝撃が来た。
……どうなったの、私?
目をあけた杏奈が見たのは、倒れている田鍋ケイイチロウだった。

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