捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!
 心の中で、全力で叫ぶ。

 私を政略の道具としか見ていなかった父は、もういない。私をないがしろにし続けてきたハロルドとの縁も、ここで切れる。

 ずっとずっと不自由で不幸だったけれど、ようやく自由になれる! そう思ったら、どうしようもなく心が浮き立つのを感じた。

 とはいえ、ここから追い出されたらもう行く当てもない。普通の令嬢なら、絶望に泣き崩れることしかできなかっただろう。でもあいにく、私は普通ではないのだ。

 私には前世の記憶がある。そして、ギフトがある。このギフトの真の力を活用すれば、きっと今後の助けになってくれる。どう活用するかは、まだ決めていないけれど。

 あと、もう一つ。貴族として生まれ変わったのはいいものの、前世で染みついた庶民感覚は抜けていなかった。

 もしものこともあるし、蓄えはしておいたほうがいい。私はそう考えて、小さな頃からこつこつとへそくりをしていたのだ。子供の頃から頑張っていたので、今ではそこそこの額になっている。

 そして今、まさにその『もしものこと』に直面していた。備えあれば憂いなし、昔の人の教えに感謝!

 喜びに飛び跳ねたいのを全力で隠しつつ、礼儀正しく頭を下げる。

「分かりました、離縁ですわね。荷物をまとめる時間をいただけますか?」

「あ、ああ」

 あまりにも私が平然としていたからか、ハロルドが拍子抜けしたような顔をしている。きっとあれは、私が泣いてすがってくるとでも思っていたのだろうな。残念でした。

「アリーシャ様って、ほんと健気ですよねぇ。かわいそう」

 そこにノエルが、すかさず口を挟む。私に同情しているようで、その実勝ち誇った笑みを浮かべている。いい根性してるじゃないの。

「心配してくれてありがとう、ノエル」

 とびきりの笑みでそう答えたら、彼女は不満そうに顔をゆがめて、押し黙ってしまった。そしてハロルドが、やけに上ずった声で尋ねてくる。

「その、アリーシャ! 行く当てはあるのか!?」

 行く当てはない。でもへそくりがあるから、どこかの町で暮らしながら仕事を探せばいい。前世の記憶のおかげで書類仕事は大の得意だし、家事もこなせる。いざとなったら、ギフトだってある。

 ……とはいえ、そういった事情を彼らに説明する気は毛頭ない。ただ黙って、涼しい顔で首を横に振った。

 するとハロルドが、そわそわしながらとんでもないことを言い出した。

「な、ならば、私の屋敷を一つ、君にやろうではないか。一年分の資金と共に。私とて、元妻をただ一人きりで寒空の下に放り出すような、そんな外道ではないからな」

「きゃあ、ハロルド様ったら、ほんと優しい!」

 ノエルの前でいいところを見せようとしたハロルドと、そんなハロルドの行いにいらだちつつも懸命に取りつくろっているノエル。この二人のずれっぷり、見ていて面白いかも。

 しかし、屋敷を一つか……あれってかなり維持費がかかるし、これ以上ハロルドの世話になるのもなあ。まあいいか、慰謝料代わりにもらっておこうっと。どうしようもなくなったら、出ていけばいいのだし。

「まあ、ありがとうございます。それでは失礼いたしますね」

 にっこり笑って礼を言い、そのまま優雅に部屋を出ていった。自然と足取りが軽くなるのを感じながら。

◇◇◇

 そんなやり取りから数日後。私はただ一人、馬車に揺られていた。

 ハロルドが私によこしてきた屋敷は、ものすごい田舎にあった。近くにあるのは小さな町が一つだけ。……せこい彼にしてはやけに気前がいいなとは思っていたけれど、こういうことだったのか。贈り物というより、嫌がらせに近い。

 こんなことなら、彼の屋敷を去る前に、庭中タンポポまみれにしてやってもよかったかな。でもそうすると、苦労するのは掃除を命じられる使用人たちだから、やっぱり何もしなくて正解だ。

 などと下らないことを考えつつ、窓の外に目をやる。

「はあ……のどかねえ……」

 なだらかな山、鮮やかな緑の森、草原では羊たちが草を食べている。平和そのものの、穏やかな光景だ。見ているだけで、自然と気分も前向きになっていく。

 これから暮らすことになる屋敷は、とても古くて小さい。そしてそこにいる使用人は、たったの三人。屋敷を維持するために、最低限の人員だけを置いているらしい。

 しかしそこまで小規模だと、屋敷というよりシェアハウスみたいだ。というか、普通の家庭みたいでもある。

 家庭か……ちょっと憧れる。前世では大学に入学するのと同時に一人暮らしを始めて、それからずっと一人だった。

 そして現世では、横暴な父とその腰巾着の兄にずっと苦労させられてきた。たった一人の味方だった母は、若くして亡くなってしまったし。とにかく私は、家族と縁がない。

 使用人のみんなって、どんな人たちなのだろう。優しい人だといいな。仲良くなれたらいいな。淡い期待とちょっぴりの不安を抱えながら、ゆったりと流れていく景色を眺めていた。



 そうして旅を続けることしばし、馬車は我がマノリア国と隣国デンタリオンとの国境近くに広がる草原に差しかかった。その中にぽつんと立っているのが、目指す屋敷だ。

 話に聞いていた通り、小さい屋敷だ。長く風雨にさらされてきたのだろう、元は真っ白だったらしい外壁には、うっすらと柔らかな色が乗っている。

 しかしそれが、周囲の自然によく調和していた。ちょっと寂しい雰囲気だけれど、これはこれで絵になる。

 馬車が屋敷に近づくと、その音を聞きつけたのか使用人たちが次々と姿を現す。屋敷の前で馬車から降りた私に、三人が同時に頭を下げた。

「ようこそ、遠路はるばるお疲れさまでした。私はポリー、こちらで料理人を務めておりますよ」

 白髪頭の小柄な老女が、栗色の目を細めて穏やかに笑いかけてくる。ゆったりとした口調と相まって、とてもほっとする雰囲気の人だ。見るからに、料理がうまそう。

 これって、家庭料理っぽいのを期待してもいいのかな。貴族っぽい上品な料理って、ちょっと飽きてたのよね。

「……あの……はじめまして。メイドのステイシーです。粉骨砕身、頑張ります……」

 中学生か、下手をすると小学生に見える少女が、妙に大人びた言葉を口にした。明るいニンジン色の髪の毛を、きっちりとお下げに編んでいる。きちんと教育を受けてきたのだろうか、賢そうな子だ。

 でもちょっぴり人見知りなのかやけに緊張していて、暗い緑の目はおどおどとさまよっていた。でもこれはこれで、初々しくて可愛い。

「これからよろしくなぁ、ご主人様。俺はブルース、力仕事なら任せてくれ」

 背の高い若い男性が、朗らかにそう言った。見上げるほど大きくて、びっくりするくらいに筋肉がついている。暗いグレーの髪を短く整えているのが、よく似合っている。それに、プロレスラーみたいでとっても強そう。

 でもよくよく見ると、黒い目にはとても優しい光が宿っている。気は優しくて力持ち、みたいな感じかな。

 割と品のあるポリーとステイシーとは違い、彼は素朴そのものの雰囲気だ。農具片手に畑仕事をさせたら、とっても似合うに違いない。

「私はアリーシャ。しばらくは、ここで暮らすつもり。よろしくね」

 三人の顔を見渡して、にっこり笑う。よかった、みんないい人そうだなと思いながら。

「それでね、一つお願いがあるの」

 私の言葉に、三人は真剣な目でこちらを見つめてきた。

「私はかつて貴族だったけれど、今はただの平民。一応この屋敷の所有者……ということになってはいるけれど」

 屋敷の所有者と口にした拍子に、うっかりハロルドのことを思い出しそうになり、あわてて頭から追い出す。これは新たな門出なんだから、あんな男の記憶に邪魔されたくない。

「だから、私のことは仲間とでも思ってもらえると嬉しいのだけれど……その、様付けとかも、できればなしで……」

 この国では、身分制度がしっかりしている。前世の記憶を持つ私には、それはあまりに息苦しかった。見渡す限り野山しかないこの屋敷でくらい、もっと気楽に過ごしたい。

「あらまあ、面白い申し出ですねぇ。それでは、アリーシャさんとお呼びしましょうか。お友達のような感じで」

 真っ先に答えてくれたのは、ポリーだった。やはりゆったりと、周囲を安心させるような笑みを浮かべたまま。

「仲間……あの、だったら……家族、って思っても……いいでしょうか」

 頬を赤く染め、軽くうつむいてステイシーがつぶやく。蚊の鳴くようなかぼそい声に、笑って答えた。

「もちろんよ。小さな屋敷で四人一緒に暮らす家族。そういうのも素敵ね」

 むしろ、大歓迎だ。でもぐいぐい迫ったら彼女がおびえそうな気がするので、柔らかく微笑んで言葉を返した。

「……それなら……お姉様って、呼んでもいいですか……?」

「ええ。あなたみたいな可愛い妹ができて、嬉しいわ」

 私の返事を聞いたステイシーは、真っ赤になってうなずいた。うん、可愛い。

 そして最後に、ブルースが口を開いた。

「うーん、俺はご主人様、って呼んでおく。俺、礼儀とかそういうのはさっぱりだからなぁ。口調まで普通にしちまったら、なれなれしすぎる気がするんだ」

 まあいいか。今の彼と話していても、少しも息苦しさとか堅苦しさを感じないし、細かいことは気にしないでおこう。

「分かったわ。それじゃあみんな、改めてよろしくね!」

 明るく言い放ったら、三人ともいい笑顔を返してくれた。心から歓迎してくれているのが分かる、そんな笑顔だった。

 私の新生活、かなりいい感じになりそう。こみ上げる期待に、自然と大きな笑みが浮かんでいた。
< 2 / 5 >

この作品をシェア

pagetop