勘違いで惚れ薬を盛ってしまったら、塩対応の堅物騎士様が豹変しました!

10.豹変

 その日も、アルフレッド様はパン屋を訪れた。

「クリスタニア嬢、本日のサンドイッチは」
「今日は、ツナサンドとたまごサンド、あとカツサンドにチェリーのフルーツサンドがあります」
「そうか。ではそれを、全て」

 やることは簡単だった。フルーツサンドの中に、ひとつだけそれと分かるように印をつけておいたものがある。それを、アルフレッド様に渡すだけ。

「ありがとう、ございました」
「ああ」

 決まりきったやり取りをして、お会計をして、それで終わり。

 罪悪感がなかったわけではない。それでも、わたしはやってしまった。アルフレッド様はいつものように、颯爽とパン屋を後にした。

 聞いた話では、アルフレッド様はいつも街の広場でサンドイッチを食べて、それから午後の仕事に戻るのだという。

 薬の効果は絶大だった。わたしの想像を、軽く飛び越えてもお釣りがくるぐらいに。

「クリスタニア嬢」
 サンドイッチを食べ終えたのであろうアルフレッド様は、すぐにもう一度パン屋にやってきた。

 流れるように美しい所作で片膝を突いたかと思えば、わたしの手を取ってこんなことを言う。

「君さえよければ、これから少し時間をもらえないか」
 熱を帯びて紫がかかった青い瞳が、わたしを見上げてくる。
 まるでどこかの舞踏会の一場面かのようだった。

 夢にだって、こんな光景は見たことがない。人が見られる夢には限界がある。

「え、えっと」
 わたしはたったそれだけのことを口にするのが精一杯だった。こういう時なんて言うのが正解なんだろう。

「あら、ちょうどよかったじゃない、クリスタ! 今日はもう上がっていいわよ」
 石になったわたしに、畳みかけるようにジェシカの声がする。

「でも、まだ店番……あと、明日の仕込みも」
「そんなの、どうだっていいわよ。ね、お母さん!」

 ジェシカは奥で仕込みをしているおばさんに大きな声で問いかける。おおらかな声が「もちろんよー」と言うのが遠くから聞こえた。

「ということなので。うちのクリスタをどうぞよろしくお願いいたします、アルフレッド様」

 とん、と肩を押されてわたしは一歩前に足を進めることになる。その分だけ、アルフレッド様との距離が近づく。
 ぎゅっと、手を握られる。包み込まれるようなその手は大きくて、剣を握る人特有の硬さがある。

「では、しばしの間クリスタニア嬢をお借りする」
「どうぞどうぞ。なんなら返さなくてもうちは大丈夫ですんで」

「ちょっと、ジェシカ!」

 わたしの混乱を他所に、ジェシカは顔中ににやにやを浮かべている。

「では行こうか、クリスタニア嬢」
 すっと、手が引かれる。強引ではない。けれど紳士の洗練されたリードだ。

「は、はい。アルフレッド様」

 見上げると、アルフレッド様はにこりと微笑んだ。
 こんな顔もできるのだな、とわたしは思わずにはいられなかった。

 だってアルフレッド様は今まで一度も、その怜悧な相貌を崩したことなんてなかったから。
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