勘違いで惚れ薬を盛ってしまったら、塩対応の堅物騎士様が豹変しました!

9.満月

 今夜、メリ姉が出かけることをわたしは知っていた。定例の魔女集会に向かうためだ。

 材料は全て、薬局の戸棚の中にあった。こっそりと必要なものを集めて、並べる。
 メリ姉の手伝いで惚れ薬を作ったことは何度もある。三級魔法使いの試験にも出るような初歩的なものだから、わたしでもできる。

 その時は、何も考えずにただ薬を作っていた。
 惚れ薬の効果は永遠ではない。どんなに強い思いを込めた薬でもそれは同じ。
 一度眠ってしまえば、どんなに愛していても忘れてしまう。夢幻(ゆめまぼろし)みたいなものだ。

 みんなどうしてこんなものを求めるのかと疑問に思ったものだ。
 今なら、ちゃんと分かる。

 好きな人と想い合うことができれば、最高に幸せだろう。けれど、そうでなかったら多分、恋は苦しい。
 だからきっと望むのだ。一番好きな人の心を。
 たとえそれが、どんなに愚かな行いだと分かっていても願わずにはいられない。

 わたしはメリ姉の真似をして、歌い上げた。
 耳に聞こえる詠唱は、遥かに未熟だ。それでも、薬は完成する。

「これで、出来上がり」

 確かめるように俯いたら、ぽとりと一つ雫が流れ落ちた。なんのものか分からない涙が頬を伝って消えていく。

「あ」
 それはまるで吸い込まれるようにフラスコの中に落ちる。

 ぽわりと一つ薬が輝いた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。

 夜空に浮かぶ月は、満月。
 アルフレッド様はわたしの知らない誰かのものになってしまう。

 それだけは、変わらない事実だ。
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