勘違いで惚れ薬を盛ってしまったら、塩対応の堅物騎士様が豹変しました!

2.五丁目のパン屋さん

「それに、成人の儀をクリアしなきゃ昇級試験も受けられないじゃない。この先ずーっと、一生四級でいるつもり?」

 さすが史上最年少で一級魔法使いになった人は言うことが違う。

「それも、分かってるけど」
「わかった。じゃあ、手当たり次第にぶつかるのはやめにしましょう。ちょっといいなって、思ってる人とかいないの?」

「……いないよ」
「ふうん」

 応えるメリ姉の紫の瞳に、不穏な色が宿る。にたり、とその口角が上がる。

「どうしてこう、奥手なのかしら。いい? クリスタ。考えてるだけじゃだめなの。魔女は行動してこそよ! 必要なのは体力・気力・根性。薬でもなんでも、盛っちゃえばこっちのものよ」

 言うが早いか、メリ姉は棚を開けて目当ての薬を探し始める。思想が強すぎる。

 そしてここはメリ姉の営む薬局だから、どんな薬でもある。
 それがたとえ、世の中的には違法な、いかがわしいものであっても。

 出されてしまったら、それを手に取らずには解放してもらえないだろう。わたしはあの禍々しいばかりにピンク色の液体が詰まった瓶の存在を思い出し、ぷるぷると首を横に振った。

「あ、わたしもう時間だ! いってくるね」

 わたしは咄嗟に時計を見て、殊更大きな声で言った。本当はまだもう少し時間があったのだけれど、メリ姉に捕まりたくなかったので。

「ちょっと、クリスタ! あんた!」

 駆けて行く背中にメリ姉の声が追いかけてくる。けれどわたしは、それには気づかないふりをして、懸命に足を動かした。

 ショーウインドウに野暮ったい鳶色の髪が映る。

 魔女と言えば、人はどんなものを想像するだろう。
 例えば、真っ赤な髪に黒いとんがり帽子。黒いローブにたっぷりの色香。目配せするだけで星が舞うような、そんな感じだろう。

 けれど、そういうものはわたしには何もない。
 いたって普通の茶色の髪に凹凸の少ない体。どこからどう見ても一般人だ。わたしの髪もメリ姉みたいな目を瞠るような色だったらよかったのに。

 そんなことを考えながら辿り着いたのは、五丁目のパン屋さん。今のわたしの職場である。
 裏口からそっと店に入る。店主のおじさんとおばさんはもう、作業を始めていた。

「おばさん、おじさん。おはようございます」
「おはよう、クリスタちゃん。今日も早いね!」

 返事をしてくれたのはおばさんだけで、おじさんは黙々と生地を分割している。別に愛想が悪いというわけではなくて、本当に静かな人なのだ。

 ここで働くようになってもう一年になるけれど、わたしは未だにおじさんの声を聞いたことがない。

 手早くエプロンに着替え、わたしもおばさんと一緒に生地を丸め直す。ここからまた成型して二次発酵させる。
 開店時間までは時間との戦いだ。

 メリ姉には「もっと楽しそうなところにすればいいのに」と散々言われた。

 確かに魔法で作ろうと思ったら、作れないこともない。
 でもだからこそ、わたしはこうやって自分の手を動かしているのが好きなのだ。

 小麦にイースト 砂糖とお塩 そして最後にひとつまみ 
 あなたのおいしいを求めたら パンは夢のように膨らむでしょう

 オーブンに入れる前の生地にいつも、わたしはこっそり語りかける。これは、魔法じゃなくてただのお(まじな)い。

 何度見ても思う。ただの粉だったものがこんな風に膨らんで、焼き上げられておいしいパンになる。魔法もすごいけれど、同じぐらいすごいと。

 これを見ていられるから、パン屋さんは最高の仕事だとわたしは思っている。
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