勘違いで惚れ薬を盛ってしまったら、塩対応の堅物騎士様が豹変しました!
6.衝撃
わたしがそのことを聞いたのは、またいつものように休憩室でまかないのパンをかじっている時だった。
その日は朝からとても忙しかった。おじさんが最近新しく作り始めたカレーパンが好調でレジには長い行列ができていた。アルフレッド様の番になってもほとんど話をする暇がなくて、機械的に会計を済ませるだけだった。
お昼休憩を取れたのもだいぶ遅くて、わたしはぼんやりと座り込んでいた。
そんな時、ジェシカが休憩室に現れた。
「ねえ、クリスタ。今、食堂に配達に行った時に女将さんから聞いたんだけど……」
うちのお店では近くの食堂にパンを卸している。その配達は彼女の仕事なのだ。
けれど、ジェシカはそこで口ごもったまま、続きを言おうとしない。
「どうしたの? 顔色悪いよ」
何か重大な隠し事でもあるみたいに、その顔は蒼白だった。
「あのね、落ち着いて聞いて」
「そんな、何かあったの?」
そんな身構えるようなこと、一体何があるというのだろう。首を傾げたわたしに、ジェシカは意を決したように一つ息を吸ったかと思うと、わたしの肩に両手を置いた。
「あんたにも関係あることよ」
おてんばでみんなの人気者のパン屋の看板娘。そのジェシカの目に、わたしの知らない光が宿っている。
「アルフレッド様が、結婚するらしいって」
なんでも、食堂の客の一人がアルフレッド様が女性と二人で街を歩いているのを目にしたのだという。
相手はそれはそれは美しい、貴族のご令嬢だったという。
ジェシカの言葉を聞いた時、わたしの頭の中は一瞬真っ白になった。
「で、でもさ、一緒に歩いていたからって結婚するとは限らないんじゃないかな」
何かを考えるよりも先に、気が付いたらそんな風に口走っていた。
それは多分、誰よりもわたしがそう思いたい、ということでしかなかったのだけれど。
「いい? 他の騎士様ならともかく、アルフレッド様が今まで女の人と歩いていたことなんか、あった?」
わたしの見苦しい言い訳を、ジェシカはぴしゃりと否定する。
そう、アルフレッド様は堅物で有名なのだ。数多の女性と浮名を流す方も多い中で、アルフレッド様はずっと、驚くほどに潔癖だった。
聞けば、玉砕覚悟で告白したどこかのご令嬢は一刀両断で丁重なお断りを賜ったのだという。
だからわたしは多分、そのことに甘えていたんだと思う。
仮に自分が結ばれることがなくとも、アルフレッド様は誰のものにもならないと、どこかたかをくくっていたのだ。
その後の記憶はどこか曖昧だ。
明日のサンドイッチ用のパンの仕込みをした気がするけれど、夢のようにふわふわとしていて、よく覚えていない。
まるで地面から浮き上がったような気持ちで、わたしはメリ姉の待つ薬局へ帰ったのだった。
その日は朝からとても忙しかった。おじさんが最近新しく作り始めたカレーパンが好調でレジには長い行列ができていた。アルフレッド様の番になってもほとんど話をする暇がなくて、機械的に会計を済ませるだけだった。
お昼休憩を取れたのもだいぶ遅くて、わたしはぼんやりと座り込んでいた。
そんな時、ジェシカが休憩室に現れた。
「ねえ、クリスタ。今、食堂に配達に行った時に女将さんから聞いたんだけど……」
うちのお店では近くの食堂にパンを卸している。その配達は彼女の仕事なのだ。
けれど、ジェシカはそこで口ごもったまま、続きを言おうとしない。
「どうしたの? 顔色悪いよ」
何か重大な隠し事でもあるみたいに、その顔は蒼白だった。
「あのね、落ち着いて聞いて」
「そんな、何かあったの?」
そんな身構えるようなこと、一体何があるというのだろう。首を傾げたわたしに、ジェシカは意を決したように一つ息を吸ったかと思うと、わたしの肩に両手を置いた。
「あんたにも関係あることよ」
おてんばでみんなの人気者のパン屋の看板娘。そのジェシカの目に、わたしの知らない光が宿っている。
「アルフレッド様が、結婚するらしいって」
なんでも、食堂の客の一人がアルフレッド様が女性と二人で街を歩いているのを目にしたのだという。
相手はそれはそれは美しい、貴族のご令嬢だったという。
ジェシカの言葉を聞いた時、わたしの頭の中は一瞬真っ白になった。
「で、でもさ、一緒に歩いていたからって結婚するとは限らないんじゃないかな」
何かを考えるよりも先に、気が付いたらそんな風に口走っていた。
それは多分、誰よりもわたしがそう思いたい、ということでしかなかったのだけれど。
「いい? 他の騎士様ならともかく、アルフレッド様が今まで女の人と歩いていたことなんか、あった?」
わたしの見苦しい言い訳を、ジェシカはぴしゃりと否定する。
そう、アルフレッド様は堅物で有名なのだ。数多の女性と浮名を流す方も多い中で、アルフレッド様はずっと、驚くほどに潔癖だった。
聞けば、玉砕覚悟で告白したどこかのご令嬢は一刀両断で丁重なお断りを賜ったのだという。
だからわたしは多分、そのことに甘えていたんだと思う。
仮に自分が結ばれることがなくとも、アルフレッド様は誰のものにもならないと、どこかたかをくくっていたのだ。
その後の記憶はどこか曖昧だ。
明日のサンドイッチ用のパンの仕込みをした気がするけれど、夢のようにふわふわとしていて、よく覚えていない。
まるで地面から浮き上がったような気持ちで、わたしはメリ姉の待つ薬局へ帰ったのだった。