勘違いで惚れ薬を盛ってしまったら、塩対応の堅物騎士様が豹変しました!

7.魔女の薬

 家に戻ったら、ちょうどメリ姉が仕込みをしている最中だった。

 見つからないようにそっとカウンターの下に隠れる。メリ姉は仕込みを見られるのをあまり好まない。けれど、こういう時のメリ姉は本当に素敵なのだ。

 フラスコに魔法薬の材料を順に入れて、一度その紫の瞳を閉じる。いつもくるくると華やかな表情を浮かべているメリ姉の顔が、すん、と静謐なものになる。

 そして、すうっと大きく深呼吸をする。

 シレネの花に夜の風 月の涙と淡雪のかけら そして最後にひとつまみ
 あなたの心を求めたら 恋の魔法はここに咲くでしょう

 ふわりと、まるで歌い上げるようにメリ姉は言う。

 右手で掲げたフラスコは一度虹のように輝いて、薄桃色に落ち着く。丸いキャンディのようなものがすん、と底に落ちてくる。そうなれば薬の完成だ。

「で、そこで何してるのよ、クリスタ」
「いやあ、上手だなと思って」

 魔女は詩に心を乗せる。その心の分だけ、魔法は深くなる。メリ姉の薬が上質なのは、込められている心の純粋さにほかならないのだと思う。

「別にこれぐらい大したことないわよ。入れるものを入れて、唱えるだけ」
 本心から褒めたのに、メリ姉は少し不服そうに唇を尖らせる。

「あんただって、惚れ薬ぐらい作れるでしょう?」
 そう、メリ姉の手の中で薄桃色に輝くこの薬は、惚れ薬なのだ。

「それは、そうだけど」

 惚れ薬はそこまで難しい薬ではない。薬局でも人気商品で、それこそこの街の女の子達は恋が叶うおまじないとしてこぞって買い求めている。

「それよりねえ、人のことより自分のこと考えなさいよ」

 窓から見える月はもうすぐ満ちる。誕生日はその後すぐだから、次の次の満月までにわたしは相手を見つけなければならない。

「あんた、本当はどうしたいの」

 詠唱の時とよく似たメリ姉の声が問う。それはまるでさざ波のように、わたしの心に広がってしまう。

「わたしは……」

 アルフレッド様は結婚してしまう。夜空にぽっかりと浮かぶ月を見上げながら、噂のご令嬢その人の姿を思い描いてみる。

 きっと見るも麗しい人だろう。あのアルフレッド様の隣を歩いてもなんら遜色のない、美しい女。
 それは決して、わたしではない。

 わたしは、全ての結論を出さなければならないのだ。
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