勘違いで惚れ薬を盛ってしまったら、塩対応の堅物騎士様が豹変しました!

8.知りたい

「クリスタニア嬢」
 低く艶やかな声で名前を呼ばれて、はっと我に返る。

「は、はいっ!」

 わたしの様子に、アルフレッド様はその澄んだ青い瞳を眇めてみせる。
「何か、あったのか」

 アルフレッド様のパン屋の店内を見回して、そう言った。

 レジの前には『本日サンドイッチお休み』の貼り紙がしてある。先ほどわたしが書いたものだ。
 そのせいか、ここ何日かに比べると店の混雑は落ち着いている。アルフレッド様と普通に話をすることが、できてしまう。

「実は……」

 早朝、おじさんとおばさんが作業を始めようとしたら、昨日わたしが仕込んだ生地に、イーストが入っていなかった。

「すみません、わたしが昨日、失敗してしまって」

 勿論生地が膨らむはずもない。他の作業もあるし、今から仕込んでも昼のピークには間に合わないかもしれない。
 ということでサンドイッチは今日は急遽お休みになったのだ。

 こんなことは、ここで働き始めてから一度もなかったのに。あろうことか一番大事なイーストを入れ忘れるだなんて。

『きっと疲れてたのよ、クリスタちゃんも』

 おばさんはそう言って、やわらかな手で励ますように肩を叩いてくれた。おじさんは何も言わずに黙々と成型しているだけだ。

 ジェシカだけがただ、何か言いたげにわたしを何度もちらちらと見つめてきた。
 言いたいことは分かっている。だから、それを口にされないように、わたしは尚更仕事に精を出した。

「アルフレッド様もサンドイッチ、楽しみにしておられましたよね」

 お昼ごはんに買い求める人も多いのに、わたしのせいで台無しになってしまった。アルフレッド様は今日のお昼はどうするのだろう。何か他に気に入るものがあればいいのだけれど。

 俯いて組んだ自分の手を見つめていたら、頭の上から穏やかな声が降ってきた。

「俺のことは、どうでもいい」

 そう言って、アルフレッド様が屈む。そして、すっと距離を詰められた。

「どこか具合でも悪いのか? それなら店主に言って休みをもらった方がいい」

 涼やかな瞳が、食い入るようにわたしを見ている。長い睫毛がすぐそこで揺れている。
 それは、どんな宝石よりも美しい青だった。

 わたしは少しの間、ここが街の一角のパン屋のレジであることであることを忘れ、魅入られた。

「クリスタニア嬢」
 もう一度自分の名前が呼ばれて、やっとわたしは現実に戻ってきた。

「顔が赤いな。熱があるのでは?」

 そりゃあ、こんな目で見つめられたらない熱も上がるだろう。別にわたしに限ったことじゃない。みんな、そうだ。

 大きな手が、そっとこちらに伸ばされる。慌ててわたしは、ぶんぶんと首を横に振った。

「だ、大丈夫です! わたしは、元気です!!」

 その手は、わたしの頬に触れる寸前でぴたりと止まる。

「なら、いいのだが。無理はしない方がいい」
「ありがとう、ございます」

 切れ長の目はまだわたしを見つめている。その目に浮かぶのは、純粋な心配だ。それ以上でも以下でもない。

「では、今日は俺はこれで」

 結局アルフレッド様は何も買わずにパン屋を後にした。

 例えば恋人を見つめる時、アルフレッド様はどんな目をするのだろう。
 もっと熱を帯びた色を浮かべるのだろうか。それとも。

 そこで、思い至ってしまった。

 わたしには、それを知る方法がある。ほんの少し、あの薄桃色の薬をサンドイッチに混ぜればいい。そうすれば、アルフレッド様を手に入れることができる。

 そんなことをしてはいけないと、頭では分かっている。
 けれど、それを知りたいと、思ってしまったのだ。
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