進路指導室で、愛を叫んで
 教室に戻ると、幼馴染の由紀が登校していた。

 由紀一葉(ゆき かずは)

 実家同士が昔から付き合いのある、

 いわば腐れ縁だ。

 でも、同じ学校に通うのはこれが初めてだから、学ラン姿の由紀にはちょっと違和感がある。



「由紀、おはよ」

「はよ。須藤、どっか行ってた?」

「うん、園芸同好会見てきた」

「ふうん。学校でまで草花のこととか、お前物好きだな」



 由紀はあきれたような顔をした。

 俺の実家は須藤造園。

 親父は庭師で、母さんはそれを手伝いながら、庭の隅で花を売っている。

 由紀の実家は由紀農園。

 花農家だ。

 だから、どちらも家に帰ると草花の世話をやらされていて、由紀がウンザリしているのもわからんではない。



「由紀はどっか部活入る?」

「どうしよっかな。めんどくさいし、やりたいこともないし。どうせ帰ったら畑の手伝いだしさ。須藤、園芸同好会入るの?」

「うん。運命の人がいたから」

「はあ?」



 キョトンとした由紀に、さっきの出会いを話す。由紀は興味なさげに「ふうん」と頷いた。



「そんなに美人なんだ。俺も見に行こうかな」

「来てもいいけど、俺は本気であの人を口説くつもり。何がなんでも嫁に来てもらう」

「……気が早えだろ」



 ずっと握っていた入部届を、机の上に広げた。

 名前と部活名を書いて、立ち上がったところで担任が入ってくる。

 ……昼休みに出しに行くことにした。




 昼休み、由紀と一緒に生物準備室に行くと二人の生徒と、奥の机で先生が昼を食べていた。


「ちわー、美園おじさん、これお願いしまーす!」

「学校では美園先生って呼びなさい。それに、まだギリギリ二十代なんだから、おにいさんって呼んでくれ」

 手前に座っていた二人のうちの一人……美園基(みその もとい)が吹き出す。


「俺らからしたら二十九も三十も変わんないよ、叔父さん」


 美園先生は基の叔父さんで、俺は顔見知り。

 基と、その向かいで弁当を食べていた坂木公平(さかき こうへい)と由紀、俺の四人は親の付き合いもあって、物心ついたときには一緒にいた。

 とはいえ、全員学区が違ったから、同じ学校に通うのは高校からだけど。



「美園せんせー、これ、ハンコお願いします」


 握りすぎてクシャクシャになった入部届を差し出すと、美園先生は「はいはい」と言って箸を置き、手を伸ばした。


「物好きだね、須藤。今、藤宮ひとりでやってるし、夏には廃部にして顧問やめようと思ってたのに」

「なんかさ、こいつ、藤宮先輩に一目惚れしたっぽくて。朝から嫁にするって騒いでたましたよ」


 弁当箱を開けながら由紀が言う。

 美園先生は入部届をノートの山の一番上に置いて、箸を持ち直しながら眉を潜めた。


「へえ。でも藤宮、実家の花屋を継ぐって言ってたから、須藤の嫁には難しいかもね。まあ、須藤んちなら藤宮生花店を吸収できそうだけど」


 頭をガツンと殴られたような衝撃だった。

 運命だと思ったんだ。桜吹雪の中で、柔らかく微笑む先輩は本当にきれいで、実は春の妖精なんて言われても、俺は信じたと思う。


「ちょ、お前、泣くなって!」


 呆れた顔の坂木が、置いてあったティッシュを箱ごと差し出す。

  一枚もらって顔に当てたら、あっという間にベチャベチャになった。



「泣いてない……でも、ちょっとショック。帰る」

「午後、授業あるんだけど!」

「つーかお前、その藤宮先輩と放課後約束してるんだろうが」

「……そうだった。放課後までには泣き止むよ」

「午後の授業ずっと泣く気かよ……干からびるぞ」

「いいから飯食え」

「小春、でかいくせにほんと泣き虫だよな」


 薄情な三人にやいやい言われながら、空いていた椅子に座って弁当を食べる。

 しょっぱくて、味がよくわからなかった。
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