こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

私にいじめられたいということですね?

 昏睡状態が続いたため身体の動きがぎこちなくなってしまったかも、とジーナがキルシュに相談したところすぐに解決策を提示してくれた。

「花壇をいじるというのはどうかな。龍の休憩所ってところがあってねそこの花壇が荒れ果てているわけさ。運動がてらそこを時間をかけて綺麗にしたら体力やら筋肉も元に戻るんじゃないかね」

 話には聞いていた龍の休憩所かとジーナはその名をすぐに思い出した。最上階に龍の最後の儀式の間がある関係者以外立ち入り厳禁なそこ。

 龍の護衛になればそこの出入りは可能となるが、どのような場所なのかを事前に調査したほうが良いし今ならどこでも見ることができる。

 直ちに承諾するとキルシュは歓喜しお菓子やらお茶やらを持って来てくれた。後に、この時に気づけばよかったのにとジーナは思った。

 そしていま思えば、相談した相手を絶対に間違えていたとジーナは後悔した。

 キルシュの案内によって龍の休憩所を訪れるとそこにはハイネがいた。

 普段とは違う作業用の格好と髪型だが遠目からでもジーナにはすぐに分かった。そうであるのに歩きが止まらなかった。引き返し階段を落ちるように駆け下りていけばそれで済んだはずなのに。追いかけてこないというのに。そんなこと分かっていたのに。

 げっまずいという認識がどうしてか遅れてやってきたが、それは面と面が向かい合った瞬間に起こった。

 隣を見るとさっきまでいたはずのキルシュがいない。背中の方で階段を降りる音が聞こえてきた。いつの間に去ったのか?

 いや、あとはごゆっくり、とキルシュは言ってから帰った、と次々と認知が遅れてやってくる。この感覚は何だろうか? あれ言葉が遅れて聞こえてくるぞ。

 まるで意識だけが先へ先へと行き、他の何もかもが遅れてやってくる。では何をそんなに急いだのか?

 進む先には、今いる眼の前には、ハイネしかいないというのに。しかもそれはこの間に目を覚ましたあと話を、いいやあれは喧嘩といったものをした相手だというのに。

 それ以来ハイネは一度も見舞いに来てはおらず、こちらからも尋ねてもいない。そうあれから時間が経った。

 半ば物思いに耽っているとハイネが一歩前に出たのか近づいていた、違うハイネは動いてはいない、動いているのは、とジーナは自分の足を見ると勝手に動いたままであった。

 そう、ハイネはこちらには一歩たりとも歩み寄ったりなどしてはいなかった。むしろ半歩引いている。

「あの、こんにちは」
「あなただったのですねてっきり別な人かと思いましたよ」

 挨拶抜きにハイネは流れるような早口で一気にまくしたてた。けれどその内容は分かった。

「それで私がいると分かっていて来たのですよね?」
「いや、分からなかった」

 間が生まれ、ハイネの眉間に皺が寄った。

「嘘ですよ。だいたいキルシュの代理で来たら、相手が私になるのは普通ですよ。まさかそんなに考えが回らないのですか?」
「そうだな。ここに来るまでまるで回らなかっよ」

 ハイネは無言になるも皺寄る眉間の下の細目は何かを言いたげであった。

「どうしたんだその顔は?」
「別に……なんだか信じられません。あなたと話すと頭痛がしますけど、本当のことを言っているように聞こえて困りますね」
「嘘じゃない本当だ。ここにハイネがいるとか考えもつかなかった」
「少しぐらい元からアレな頭を使ったらどうですか。もしくは気を遣うとか」
「いや普段は使っているんだ。そうハイネ関係になると急に認知力が下がってしまって」
「なんですかそれ。どうして私相手だとそうなってしまうと口にしてしまうのです? 全くあなたぐらい困った正直者もいませんよ」

 ハイネは両手で顔を覆った。あの変な表情を見られなくなって良かった、とジーナは内心で喜んだ。

「そんなことはない。正直で人が困るということは無いと思うが」
「じゃあなんで私が困っているのですか」
「えーっとそれはハイネの問題で、そう考えすぎなんだよ。それは私の問題じゃない」
「あなたが考えなさ過ぎなのです。というかこれは私の問題じゃない、あなたの問題です!」
「さっぱり分からない」

 なにかが、足りないのだとハイネとは会ったり話しているといつもそう思うが、いつだってそれが何かが分からない。それのせいでこうやって面倒なやり取りをしないといけないというのはなんなのかとジーナは思うものの、どうしてかここから逃げようという気には少しもならなかった。

 ハイネだってこんなに文句をたらたら言う癖にどこかに行ったり帰れと言わないのは何故、とジーナの頭では解くことのできない難問であった。

「見ると手ぶらですよね。懐とかにしまってあるとか?」

 なにが、とはジーナは聞かなかった。

「道具はこちらにあると聞いてな」
「そういうことじゃなくて花束とかないのですか? つぎに持ってくるかと」
「なんで? これから花壇をいじるのに花束とか順序が逆だろうに」
「あの、せっかく助け舟を出したのに自ら沈めるとかありえない。というか仲直りとかいう発想は?」
「それは必要?」
「必要あるかないかって私達はあんなやり取りをこの間したのですよ」
「そんな過去の話なんて」
「先週の話ですよ!」
「そんなに前だったのか?」
「これぐらいなら最近と言いません?」
「ハイネと会うのがあまりにも久しぶりだと思って」
「へぇ……忘れていたとか」
「そうかもしれない……」
「……ジーナジーナジーナあのですね」

 ハイネは深呼吸をして息を整えている。あっ長話になるなとジーナは身構える。なんでこの女はこんなに話が長いのだろうと不思議に思いながら。

「私はすごく我慢強い性格で理性の権化で自制心の塊と自認している女なのですよ。鉄の女だと思ってください。だからこうして耐えられているのですけど、普通の女だったらもう耐えられなくて壊れていますからね。そこ、分かっていますか?」
「わからない。そもそも私だってハイネ以外の人にはこんなことはしないし言わない。それになんでこんな話の展開にするんだ?」

 ハイネの声が若干高くなり出した。ジーナはそれがとても耳障りだなと思いました。

「分かりました分かりました分かりました私分かっちゃいました。あなたは私を挑発に来たのですか? いいえそうに決まっています、はい決定。怒らせてもう嫌いとか言われたいとか、そういう作戦? 大義名分を得たいがためにワザととか。心底ウンザリして二度と顔を見せないで帰って! と私が怒鳴ったりしたら、あなたは意気揚々と兵舎に戻って温かい布団にくるまってにやけ顔でこう夢想するのですよ。出世したからにはもっと若くて素直で世間知らずな頭の足りない女の子でも探しにいこう、あんなヒス女なんてほっぽいてとね。どうぞお好きなように。私は邪魔も引きとめもしませんよ、あなたと違ってね」

「意味不明な妄想を語ってからに。何の意味があるんだそれ。だいいち私の蒲団は寒々しいしそんな景気の良い発想なんて出るはずもない。出世なぞせんし」

「そうですよね。あなたにはそういうことをする発想があるはずないですし。じゃあなんでここに来てこんなに私を苦しめているのかは……ああついに分かりました。あなたは私に苛められに来たのですね? こんなに大団扇で私の燻って消え入りそうな火を煽って煽って火を起こし、私を大火にして逆にあなたをいびるというかいたぶってほしい、そうだとこちらは受け止めますが」

「そんなのでわざわざ来るものか」

「いえいえ深層心理的にそう思っていますよ。贖罪とか罪滅ぼしとかの意識を抱いていて」

「また難しい用語を使ってからに。そもそも私は何かハイネに悪いことでもしたのか?こんな会話は無駄だから早いところ作業に移らないか」

「……」
「……」

 ハイネが黙ったのでジーナも口を閉じた。見えるのは雲が流れてきたために暗い陰が差しているハイネの顔。表情を見ることができない。雨でも降るのか?

 雲は長く陰は途切れることなくハイネの顔を覆いそのために沈黙が続いているのだとジーナには思えた。

 そうであるから雲が切れハイネの顔の陰が陽によってゆっくりと晴れていくのをジーナは眺めていると、陰から二つの濃厚な赤が現れ言った。

「一緒に頑張りましょうねジーナ」

 柔らかな言葉で以てハイネが笑顔でそう言うとジーナはやや唐突感はあったものの、やはりさっきのは陰のせいで雲が通り過ぎるのを待っていてよかったと思った。

 これで不毛かつ荒涼としためんぐい会話が終わりだ、身体動かしてリハビリをしようと作業に入ったが、それは誤りでありあの笑顔は出してはならなかったと後々に後悔する。

 薔薇の花壇は休憩所で最も重要なだと言える背景だとハイネは言った。

「だから私が直々に行っているのですよ」

 戦争によって管理されなくなっていたために荒れており修復には時間がかかるかと見られていたが

「日数と人手的に最低限なことしかできないと思っていましたが、あなたが来てくれたおかげで大々的に行えますね」

 そういう理由からジーナは背中に土袋を二つ背負う羽目に陥った。

「こちらのこのスペースは勿体ないので将来的に煉瓦を積み重ねて花壇にしようと思っています。そうすれば左右が華やかになり休憩所のバランスが取れると思うのですよ」

「いいんじゃないかな」

 ジーナもその光景を想像すると美しいなと思った。

「いいですよね」

 ハイネは笑顔となった。あの会話のあとのハイネは良く笑顔を見せるのでジーナの心は安らぎがちであった。

「じゃあ作りましょう」
「何を?」
「花壇」

 こうしてジーナの苦難の行軍が始まり数日が経った。今でも明日は見えてこない。

 将来的って言ったじゃないか、一秒先だって将来ですよ、あなたがいいと言ったじゃないですか。重い荷を背負って階段を登るジーナの頭の中はハイネの言葉がしつこく再生される。

 嫌なら嫌と言っていいのですよ、僕にはとてもできませんって、そうしたらあとは私が一人でやりますから、御心配なさらずに大丈夫です私独りで……その言葉に抗うように力が湧きジーナの足は一歩上を登らせる。

 なるべく考えないとしているもののそれでもジーナは不図思う時がある。これは意地になっているだけなのだろうか? けれどもハイネに対して意地を張ってどうだというのか? だいたいこんなことを一人でやらせるところで……ここでジーナはちょっとだけ気づいた。

 もしかして自分は仕返しをされているのか? 罰を与えられているのか? あの陰のある笑顔のハイネによって。
 登り切ったら一度聞いて見よう、とジーナの足は速くなり頃合いを見て階上から覗こうとしていたハイネが間に合わないほどであった。

「あら早いですね。どうしました?そんなに慌てて登って来て」
「これは復讐というものか?」

 息を切らしながら尋ねるとハイネの顔は驚きから微笑みへと変わる。なにを喜んでいるのか。

「……どうしてそう思います?」
「作業の量と質がちょっと懲罰的な感じがしてな」

 そうですか、とハイネは思案気になってジーナの回りをぐるりと歩き出した、その横顔はまだ微笑み顔。だからなんで嬉しそうなのか

「私があなたに復讐をしていると想定したからには、あなたが私に何かをしたからということになりますよね。復讐をしていると思ったからにはなにか理由が心当たりがあると」

 一周回ってまた正面に立つと今度は真っ直ぐに眼を合わせ見つめてきた。この女は目を直視するのが癖なのかな……いや見返しているということは自分も直視する癖があるのかな、とジーナは自分についてひとつ発見した気になった。

「なんだと思います?」
< 202 / 248 >

この作品をシェア

pagetop