こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

倒れてよジーナ

 区切りながらゆっくりというハイネにジーナは分かったと短く答えたが、納得していないようだった。

「本当に偶然ですから。そこ、分かって貰えますよね」

 偶然鞄に入る小箱ってなんだ? なんて小うるさいことをジーナは考えず口にしなかった。

「すごく分かったから。良いな、似合っている」

 ジーナはハイネの左手を見ながら言った。その左手はグラスを持ちあげジーナの視線はそれに釘づけとなったまま追いかける。

「自分で選んだから良いと思うのではないですか?」

「そうかも、しれないな。だけど……」

 だけど、なんだ? だけどとは? 疑問に思うと視線が指輪から離れ左手へ腕へ肩へ胸へ首へ、顎先唇鼻頬額髪耳眉へと移り眼、それから口が開く。

「……」

 だが言葉が出ない。出るべき言葉があるはずであるのに、息すらでない無の響きが口内に満ち、何も出させない。

 かつてないほどにハイネの瞳は夕陽色に染まってる。あれはきっと私にしか見えない赤であり私しか知らない赤、私にしか意味を見いだせない輝きであるはず、と見続けているとその二つの赤が近づいてくる。

 ゆっくりと確実に、こちらの意思を感じ取っているように、あなたのものだと告げているようにして、額が衝撃もなく触れ合った。

 止めてはいない。それはハイネもそうであり接触している額がそのうち抵抗がなくなったら……とジーナは心配になり動きを止めた。

 あるはずがないのに、ハイネの妄想みたいなことがあり得るはずもないのに……

「すまない。言葉が出ない」

 触れている額が左右に揺れた。

「いいえ。聞こえていますよ」

 ジーナは怒りに似た感情が湧くのを感じた。

「そんなはずはない」

 言葉も熱も伝わっているはずだというのに、ハイネの額は平熱のまま変わらず、ジーナの熱を受け流していた。

「でも聞こえます。あなたは言えないということは、そういうことです」

「わかったふりをするな。そんなことがわかるはずがない。やめてくれ」

 叫びにも近い祈りじみた声を出すも、ハイネはその額で全てを吸い込んでいるのか、声は変わらず、怒りすらも呑み込んでいくようであった。

「いいえ。こんなに近くにいるじゃないですか。ねぇジーナ。あなたにとってこれ以上に近くにいた女って、います?」

 いないと言い、違うと言い、お前ではない私には……そう言えるはずなのに、言わなくてはならないはずなのに、ハイネの瞳の色に意識が吸い込まれていく……

「ねぇ……ジーナ。あの、ですね。私は……その、私は……」

 もはや声として聞こえない何かが頭の中に伝わり響きジーナは足が地から離れ身体が宙に浮く感覚のなかで、しかし弾ける音が遠くから聞こえ足底は地を掴み、二人の額は離れると同時に同じ方向を見るその中央路の方角。

 この音は知っている。パレードの先頭が到着した音でありいよいよ来る、あの長い長い後進の中央に……鼻を鳴らす音が隣でしたので振り向くとハイネは手を嗅いでいる。丹念に何度も手を嗅ぐ。

 気になったジーナは自分の掌を嗅いだ。獣の脂の匂いが、した。気になっているのか、とジーナはハイネの心情を珍しく想像したが、無視することにした。

「パレードが始まるな、行こうか」

 ジーナは立ち上がろうと腰を浮かすも、ハイネは微動だにせずに座っている。そこに頑なな意思が見えた。

「ハイネ、行くぞ」

 だから命じるも、俯き掌を見たまま不動。ジーナは一人で立ち上がろうとすると、ハイネが叫んだ。

「駄目!」

 腰が崩れるようにして椅子に座りなおしたジーナに対してハイネは怯えたような声を出す。

「一人、でなくてあの、二人で行きますよね?」

「それはそうだ」

 答えるとハイネは立ち上がった。

「ごめんなさい。私、あのちょっと手が酷いので……お手洗いに行きたいのですが。いいですよね」

 中央路の方に顔を向けながらジーナは言う。

「ああ、それはもちろん行ってきてくれ。まだ時間はある。間に合えばいいんだ。ヘイム様が通るその馬車を見る、他のはどうでもいいことだし」

 ハイネがなにか早口で言いジーナは振り返った。いまなにを? とは問うことをジーナはできなかった。

「……待っていて」

 なんて苦しそうな顔をするんだ、とジーナは自分の胸が捻じれるような感覚に襲われた。

 その表情は平素のものであるのにジーナにはその薄皮一枚の下に悲しみどころではない、死の色が透けて見えた。

「いいえ。やっぱり待っていなくていいです」

 死は、微笑みながらそう言った。

「ハイネ……?」

 ジーナは手を伸ばしハイネの手を取ろうとするも、一歩引かれたため、掴めない。

「時間が来たら、行って」

 また手を伸ばすもジーナはハイネに触れることすらできない。

「待たないで」

 後ろに跳びながらハイネは去っていく。

「お願い、待たないで」

 反転し背中を向けた時、またよく聞き取れない言葉が来た。

「あなたは……行けばいいのです」

 そのままハイネは店内ではなく、店の外へと駆けだしていきジーナは呆然とそれを眼で追うしかなかった。

 手はそっちで洗うのか? と不審に思いながら背中を続け、やがて道を曲がり見えなくなった。

 目が覚ますためのようにジーナは首を振り、不意に思った。なんて卑怯な女だ、と。

 だがジーナはすぐに疑問を抱いた。何故? あれのどこが卑怯なんだ?

 あれの……ただ手を洗いに行くから待っていてくれ、でも待たないでもいい、行って?

 思い返すと意味不明過ぎるもののジーナはすぐに考えをまとめた。これは深く考えなくていいと。

 ハイネの言葉は難しすぎていつもよく分からないのだから、考えるだけ苦しいだけだと。

 息をつくとジーナは自分が腰が抜けたように椅子に座ったままであることに気付いた。

 まるで立つことができなくなる魔法をかけられたようであり、試しに立ち上がろうすると、何の抵抗感もなく立つことができた。

 歩き座るという動作をし、確認が取れたと思った。これでパレードに行けると。

 自分は酔ってはいないし走ればものの数分で到着できる。焦る必要はない、ギリギリまで待てばいい。

 ハイネを待ちヘイムを見に行く、とても簡単なこと。

 自分の言葉で安心したジーナは中央路のほうへと椅子を向け眺めた。

 といっても木々や家々に遮られて見えはしない、が声や音は聞こえて来る。

 龍を待つ人々の理解できないその心。その彼らも自分だけが違うものを待っているとは気づきはしない。

 そうであるから自分は一人なのだとジーナはまた思う。いつも思う。変わらず思う。それ以外に思うことは無いように……遠くから歌が聞こえて来る、龍を歓迎するための歌が風に乗ってここまでくる。

 歌の響きの近づきはそのまま龍の近づきであり、見えずとも徐々に近づいてくるのをジーナは聞いていた。

 自分だけが歌えない、いや歌えはするが、心を込められないその歌。

 それが背後から聞こえ、振り返ると例の店員が慇懃に頭を下げ、告げる。

「これより龍のパレードに参加致しますのでしばし店を開けます」

 そして店員はテラスを飛び降り中央路に向かって駆けだした。

 その後から厨房のコックも道に飛び出し中央路へと走っていく。彼らは皆、龍の元へと行く。

 ジーナは辺りを360度見渡した。人影どころか人の気配すらない完全な孤独をジーナは味わう、いつものその味、自分には耐えられる味、選んだ味。

 ここにいても群衆の中に混じってもそれは変わらない。みなは龍を見るなかで自分は、ただ一人……だがその腰をあげまた立ち上がろうと中腰となったがジーナはまた座った。走ればいいんだ走れば。まだ間に合う。

 焦ってはいない、そう、いま立ち上がったのは、と椅子の背もたれを前にして前のめりでもたれる様にするためとジーナは自分に対して言い訳し近づいてくる歌声を、聞いた。

 ハイネはまだ来ない。

 間に合わないのかもしれない。そもそも彼女は間に合わないのなら待たないでとも言った。ジーナはまた振り返り見渡す、人の気配はどこにも無い。

 これならばもう行っても良いはずだ。このままここで一人いることにどんな意味があるのか?

 私は、ヘイムに会いに行かなければならないのに……ここでもしハイネが帰って来て私がいないとしたら……ジーナは立ち上がり背もたれに手を付け、止まる。

 歌声は大きくなる、走れば間に合う。

「私は、行けばいいのだ」

 ハイネの言葉と同じことを言いジーナは背筋を伸ばし、想像する。してしまった。

 この私が独りだけいる世界にハイネが取り残されるとしたら……それも、自分の行動によってそうなるとしたら。

 先にもう行っているとしたら? あのパレードに一人で……それはあるはずはないとジーナはすぐにその想像を退けた。

 ハイネは、ここに来る。

 必ず絶対にここに、と我ながら不思議なほどの信頼感を抱きながら瞼を閉じた。

 もう見渡すことも前を見る必要もない。

 耳に入る音だけが今の私には必要なのだと、中央路に耳を傾けると、遠くから更なる歓声の音が波のように段々と高くなりあの御方の到来を教えてくれた。

 いま走れば馬車の後ろ姿は見られるだろう。私は、お前はそれ以上のなにものも望まないことは、知っている。それが大切なことも。

 けれどもジーナは腰が上がらない。何かが止めている、そのなにか、とは……彼方から聞こえてくる歌が佳境に入るその瞬間、歌声が消えた。

 だから闇の中でも分かった。砂を踏む音だけが聞こえてきたから。怯えが伝わってくるその足音は数歩こちらに近づき、止った。

 止っているのに足先だけは動き、軽く地面を叩いているその音。それは鼓動と連動しているような振動であり、その脚は止まり何かを見ているはずだ。

 ジーナは背に視線を感じるも振り返りもせず声も掛けず、また立ち上がろうともしない。ひたすらに闇の中で以って音だけを拾い聞いていた。

 あちらから来るしかない、自分は待ち、そしてそっちが……地を叩く爪先の音が消えたと同時に大地が蹴る音が鳴った。

 音は空を切り、跳び、近づき、蹴られ、勢いは死なずにこちらに向かってくるのをジーナは背中越しで聞き、察す。

 それはこのままこの背中に来る、と。この音の流れではもう止まれずにそのままの勢いでこの背中にぶつかってくる、と。

 避けられる、ではなく避けてはならない、受け止めることならできる。大丈夫だ私なら耐えられる。

 私だからこそ、耐えることができる。問題はこの椅子……頼むぞ、伝統と歴史。

 足底に力を込めるとタイミングはぴったしとばかりに背中に衝撃が来て首に腕が絡んだまま前のめりとなるも、今は前脚となっている後脚が衝撃に耐え、ジーナが背もたれを引き、今度は後脚となっている前脚がその引力を踏ん張り揺れ、もう一度後ろそして前と崩れず倒れずやがて揺れは小さく収まっていき椅子は落ち着き、世界に音が戻った。

「あの……」

 背中からハイネの声がした。

「私は一緒に倒れたかったのですけど、なんで耐えているんですか?」
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