こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

パレードを待ちながら

「切り分けてあげますね。良いのですよお礼なんて。奢られるのならこれぐらいしてあげます。私は礼儀を知っている女ですからね」

 冗談なのか本気なのか不明な口調で歌うように言いながら、あっという間に切り分けジーナの皿に多く盛られた。

「どうぞいくらでもお食べくださいね。遠慮はいりませんよ、もう頼んでしまったし、あなたのお金ですから」

 本当に何も遠慮するものは無いなとジーナはもっとも厚く切られたものから噛みだした。

 長話をし過ぎたせいで肉は熱くは無く温いものであったが、旨さには問題が無く食べたことのない独特の味がした。

「これが都の味か。肉は軽くてそのうえ果汁みたいなものがかかっているとは」

「ソースというのですよ。美味しいでしょ? 肉はもちろん味付けにも力を入れていてそういう意味で女も食べやすい店ですね。女にも肉を食べたいときもあって、私は今日は食べたいなと思っていましたのでここで丁度良かったですよ」

 その言葉に偽りは無くハイネはよく肉を切りよく食べた。

 腹が減っていたから気持ち良く食べられるが、そういえばずっと空きっ腹に酒を入れていたが自分は酔った感覚は無いし、ハイネも変わらない……そっちこそいつも酔っ払っているのでは? とは口に出さずに、ごく簡単にハイネはかなり酒が強いのだなとジーナは思うことにした。

 黙々と肉を噛み酒を呑んでいると不意にジーナは言わなければならないことのようなことを、思い出した。

「……私の故郷の村にな」
「はい!」

 ハイネがまるで待っていたかのように元気よく返事をし目を輝かせていた。何故?

「祝いの日に肉を食べるんだ。まぁそれはどこも同じだろうけど、こんな風にして……」

 また、前に見た光景が心の中に広がる。

 祝いの日に外に出された椅子に座り肉を食べるハイネの姿がそこに見える。

 あるわけがないそんなことは有り得ないのに、とジーナは強く思いその光景を消そうとする。

 そこに帰るのは私であるのに……だからこれは間違いなのだ。

「ジーナ? こんな風にして、なんです? 故郷を思い出して物思いに耽りましたか?」

「あっあぁそうだな、こういう風に椅子に座って肉と酒を呑み、純粋に楽しむ」

 なんともつまらないことを言ったなとジーナは思うがハイネは声ははしゃぎ気味である。

「へぇーへぇーまるで同じですね」

「そう、まるで同じ。おかしなぐらい違和感が無いんだな。酒は似ているが、肉はこちらの方が洗練されているな。村のは洗練とは程遠いものでな」

「ではここの味を持ち帰るのはどうでしょう? ジーナの村にはどんな果実があるか分かりませんが色々と試してみてはどうでしょう。きっと合うものがあるはずですよ」

「この甘酸っぱいソースというやつをか……あっちでやったらウケるだろうな。私でさえ旨いと思ったのだから。こちらも歴史は長いようだがこういう発想は生まれなかったな」

「それは気付く人が凄いだけですよ。気に入って貰えてよかったです。ジーナは野蛮な人ですからなんだこの甘ったるいのは! とか言って不機嫌になる可能性も想定していましたよ」

「いやいやそんな馬鹿な」

「それにしても楽しそうですねそのお祝いも。私は苦手ではないですよ。いまもこうやってやっていますし、この組み合わせは気に入りましたし」

 もう一杯酒を注ぎハイネは口をつけた。本人もジーナももう何杯目か誰も、分からない。

「ハイネなら問題なさそうだな」
「はい、問題ありませんよ」

 なんでいまだけこんなに素直なんだ? とジーナはおかしな感動と変な戦慄を覚えた。

 しかもすごく嬉しそうに……横から手が伸び机の上に皿が置かれた。今度こそ見えた、と店員の方を見るともう後姿であった。早い、早すぎる。

「おおもう一皿とは……」

 先ほどのと同じような肉の塊が湯気を立てている。

「味付けは違いますよ」

「そういうことじゃなくて」

「さっぱりしていて胃に優しい味ですよ。そういう薬味を入れているようでそこが流石に気が利きますね」

「財布には優しくなさそうだな……わっまた新しい酒瓶が置いてある」

 机の上には新しい酒が置かれ呑み終わった瓶はどこにも無い。

 何本呑んだのだろう? 123……記憶を辿り数えても分かるはずが無かった。

 回収された記憶が無いのだから、それにハイネの表情もまるで変わらず酩酊からは遠い状態であるのだから。

 もしかしてこれは酒の味がする違う何かなのでは? と思い口に含んでも、アルコールの味が口の中に広がるばかりだった。

「そういえば昼飯後の仕事はどうするんだ?」

 聞くとハイネは斜め上を向き遠くを見つめた。そんなことを聞くなというように。

「かなり呑んでいるよな。なんか不思議と大丈夫そうだけど」

「そこは大丈夫なようで。今日はあまり酔いませんね」

「これ結構強い酒だと思うのだが」

「へぇそうですか。ジーナは酔っています?」

「……自分に酔っているから、酔わない。ハイネも自分に酔っているから酔わないんじゃないのか?」

 嫌味に対して咳込むようにハイネが笑った。

「やり返されちゃいましたね。そうかもしれませんね。私も自分に酔っているのでしょう。ずっとずっと……」

「そういう言い方も、酔ってる感があるな」

「やけに意地が悪いですね。まぁ構いませんよお祝いですし。お仕事のほうは気にせずにどうぞ。キルシュにずいぶんと貸しが溜まっていますし。今日はこれまでのつけの清算日だということにしましょう」

 どこか清々しい顔をしながらハイネはそう言い肉を食べ酒を呑みよく食べるなと思いつつジーナも続くと水っぽく砕かれた果肉のような何かがかかっている肉は脂がほどよく抜けており、いくらでも食べられそうな味であった。

「貸しとは結構なものになりそうだな」

「あの子はいつもブリアンとデートすることを優先させますからね。理由はほとんど全部それ。穴埋めはするのだけどもすぐにあちこちで穴が開いてどうにかするので多重債務者状態ですよ」

「私もキルシュにいつもやられるな」

「ジーナは鴨にされていますよね。ああ思い出したら頭に来ますね。一時間とか言いましたけど、私はこのまま帰らずにあの子に全部任せてしまいましょうか。たまにはそういうのもいいかも」

「そうしたほうがいいな、うん」

 ジーナはそう言い肉を食い酒を呑んでいる間にハイネは何も言わなかった。

 静かだなとジーナは感じながらいまだ消えない残響のように自分の言葉が心の中で繰り返された。

 そうしたのほうがいい……そうしたほうがいい……どうしてそう思う?

「それは誰にとって、ですか?」

 残響が消え去るのを見計らったようにハイネが尋ねた。

 そう誰にとっての言葉なのだこれは?

「ハイネにとっては……それはそうだけど」

 それは当たり前のことであり言われたハイネは普通に瞬きだけして返事はしない。聞きたいのは、それではない。

 また言わないといけないことは、それだけではない。

「誰ってそれは……私にとってとしかいいようが無いな」

 まだハイネは黙って見つめている。あと一つ必要なのか? とジーナはその赤い目を見返す。

「……ここで二人で飯を食べて酒を呑んでパレードを待つ、とそうすればいい。そうしようハイネ」

 何も難しい言葉ではない。少しも躊躇う必要などない言葉だ。そうであるからハイネも微笑みを向けているとジーナはその変化を見た。

「ではあなたの言う通りにします。これであなたも共犯者です。いえ言い出したのはあなたですから後でキルシュがこのことを責めたててきましたら盾になって貰いますよ」

「そうしたらどれぐらい肉を食べて酒を呑んだか伝えるまでだな」

「火に油をそそいでどうするのですか。まっいっかあの子のことは。近くにブリアンはいるし案外に楽しんでいるかもしれませんね。私だってたまにはそういうことをしても罰は当たらないしむしろ公平のためですよね」

 そうだなと言いジーナはまた一杯酒を呑む。

 パレードはまだ始まらない。料理は食い切っていないし酒瓶はまだ残りがある。

 かなり食べて呑んだはずなのに、ジーナはもうたくさんにはならず、それはハイネも同じであり奇異であった。

 少しずつ食べているといってもそこまで食べられるとは……村でいえばそれは、ただ一人だけ……闇。

 無思考に陥り呆然と眺めているとハイネは恥ずかしそうに口元を拭い苦笑いした。

「失礼食べ過ぎましたね。いえ今日だけですよこんなに食べたのは。楽しくてですね、お祝いですし」

 ハイネが喋ったことでジーナも意識をこちらに戻すことができたのか同じく苦笑いをする。

「お祝いというのはすごい力を与えるんだな」

「それはそうですよ。お祝いですからここはこれをつけましょう……ジーナは覚えていますよね?」

 なんだ、その、怖い言葉は?と不安になるとハイネは鞄から見覚えのある小箱を取り出した。

 そこからよく知っている宝石がついている指輪をハイネは左手の薬指にかけると光が反射してジーナの眼を突いた。持ち主によく似た指輪だことだ。

「久しぶりに見たな」

「たまたま持っていました。そう、偶然に、ですからね。いつも持っていませんから」
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