こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。
まさかこれが毎日続くとでも?
「あのヘイム様」
ハイネがそう尋ねるとさっき回転しすぎて気持ちが悪くなり机の上に突っ伏しているヘイムは微笑んだ。
「なんだ。お説教は嫌だぞ」
「そんなお説教だなんて。そのですね、ヘイム様。女官らが揃っておりましてあのようなことをなされては」
「おおそうだな、ちとはしゃぎ過ぎたな。以後ああいった時ではあのようなことはせぬ。身内のものとの時とは分けるようにする」
格好といい平謝り的な態度にハイネはそれ以上何も言えず、怒りの行き場に困ったためにジーナに全部ぶつけることにした。
「それよりもジーナ! あなたもあなたで何ですかあの態度は。女官たちがみな困惑していましたよ。少しは慎みなさい」
「あの態度はというが、あれは私にとっていつも通りだったのだけど」
「ここはもうソグとは違いますよ。あなたのこともヘイム様のことも」
「ヘイム様はともかく私は変わらない」
「それを言うならジーナはともかく妾は変わらんぞ」
ヘイムも挙手して加わったためにハイネの声量は高く大きくなった。
「何ですか二人とも! 同じことを言わないでください」
「いや私は同じことを言ってはいないぞ」
「妾もだ。これとは違うことを言っておるぞ」
ハイネは返答の代わりの唇を噛んだ。まさかこうなるだなんて……龍身の帰還パレードが済み、今まで休み続けていた本業かつ実務が再開され出した。
龍が中央に戻った、これはソグの頃とは大きく違いもはや身内だけの集まりとはいかない。
とハイネは思っていたのだが、初日は二人がお喋りをしただけで実質的に終わってしまった。
後日の集いは前日の反省からかヘイムは女官からの報告を聞き訓示を述べ、あの騒ぎによって動揺し続けていた彼女らに安心感を与えたが、ハイネにはまるで安心感を与えなかった。
会議が終わり女官らが引き下がった後は息を合わせたかのように、いきなり始まった。
「手紙、書いてきたであろうな」
「なんとか書き上げこちらに。どうぞ」
「ご苦労……ではなになに」
ヘイムは貰った手紙の封をごく自然にその場で素早く解きいつものように広げ、読み始めた
まさかここで? とハイネはすぐに目を背け空を眺める。昨日と変わらぬ真っ新な蒼天。
雲の一つさえあればその変化を楽しめるのに……とハイネは空を睨み付けるが、傍らから聞こえて来る笑う鼻息や咳の度に視線が反射的に横に移りそうになるのを目力で堪えているのに疲れていた。
私はその手紙の内容に全然興味ありません、と口に出せればどれだけ楽か。また、それを口にしないということもまた神経の疲れも招いた。
「ヘイム様との茶会での楽しみは何よりも先ず茶にあります。護衛をやめてから時々思い出すことはあの茶会に出ていた茶は特別製であったことです。今日はそれを久しぶりに呑めてとても嬉しかったです、とのっけから何だこの卑しさ溢れる一文は」
「あのヘイム様? もしかしていつも私からの手紙はみんなの前で読み上げたり読ませているのでしょうか?」
シオンが顔を背けたことを遠い目をしていたハイネはどうしてか目に入ったが、すぐにジーナへ視線を向けた。
この人、いったい今までどんな手紙を送っていたのか? と表情で探るために凝視に入った。
「いや、そういうことはせん。今日はそなたがいるから眼の前で読んでおるのだ」
奇妙な理屈なうえに半分嘘を吐いていると思ったハイネはヘイムを見るも、そこには左半身の龍身しか見られず無意味であった。
右半身を全てジーナに向けているからこうなることにハイネは気づき、あっちを睨んでも意味がないためによりジーナを注視するも、そこには変化は見受けられなかった。少しぐらい動揺したらどうなのだろう? 可愛げのない男だ。
いや動揺して欲しくはないが、普通は動揺すべきだとハイネの心は混乱し千地に乱れる。
「あっそうでしたか。いえ、もしも読んでいたらその件で話題に上がるはずなので今までそういったことがないことがないのが気になりまして。もしかして書いてはいけないことを書いていて敢えて無視されているのかとも思いまして」
息を止め存在を消しているようなシオンに目を向けハイネには分かった。
この様子から姉様は絶対に隠し読みしている、と。
「それより茶だ茶だ。まさかそなたは護衛に戻りたかったのはここの質の良い茶を呑みたいが為とか?」
「理由としてはそれもありますが、お気に入りませんか」
「気にいるも気に入らぬもそんな奇妙な理由とは聞いたことが無いぞ」
「私だけがそういう理由でも良いじゃないですか? 私はこの席での茶が良いものだと思っています」
柔らかいものが席上に満ちそれが辺りを包み込んでいるようにハイネには感じられた。
春の日差しや微風、その諸々が合わさり温かみをもたらしているようにして。
「まぁ、その心はなんとなく分かる」
ヘイムが無表情に答えるとジーナもまた表情を変えずに茶を口に運んだ。二つの似た同じ顔。
だからハイネは自分の顔の前を手を振りその柔らかなものを払い除けた。
こんなものは、見たくは、無かった。待ってほしい。もしかして私はこれから毎日こんなやり取りを見なければならないのか?
なんて、なんて不潔なこの心の交流を……
「ヘイム様、その先はなんて書いてあるのです?」
シオンが尋ねるとヘイムは淡々と続きを読み出した。
その内容の平凡さに素朴さ、ロマンの無さはまさしく報告書と何ら変わり映えもしないというのに、ヘイムの口からそれが読み上げられると派手なあるいは劇的なある意味においてはロマン溢れる物語にしかハイネには聞こえなかった。
「薔薇の件でヘイム様が気に入れられて良かった、なんてことは妾にはよく分かっているのにしょうもないやつだ」
呆れるその口調の裏には喜びの響きがあるとハイネには聞こえた。
「帰り道でハイネに注意された。あのような場であんな口の利き方をしないでください。当然すぎることなので納得した、ここは良いし良かったな。こんなのでも説教してくれる存在がいるというのは。ありがたく思うようにな」
ヘイムの声にハイネは身を強張らせた。私のことをよりによってこの人に言うなんて……いや、報告書なのだから書くのは問題ないし、龍の側近である私からの叱責は書くに値することだろう。
ここでは書かない方がおかしいし問題であることはハイネには分かっていた。
いまの自分の反応はおかしいとも分かっている……そうだと分かっていても心の底に澱みたい拭いがたい黒いなにかがあることをハイネは感じた。
「まぁ怒られて当然ですね。ハイネも気になるところがありましたらその都度ジーナに注意しなさい。彼は言わなければ分からない人ですから。もっとも言っても分かりませんけどね」
シオンは小言のように言ったがその声の調子は怒りが微塵にもなかった。むしろ楽しげですらある。
こう言う姉様が進んで彼を護衛に戻したというところがハイネには最もわからなかった。
問題があると分かっているし無礼であることも分かっているし、彼を積極的にこの役目に戻そうとするその意図とは何だったのか?
その理由は聞けはしない。私とジーナとの関係をある程度知っていてかつ猛烈に反対している姉様には。
それにしても、とハイネは姉様はいったいなにを狙っているのだろう? と暗澹たる気持ちとなった。
姉様は決してわかりにくい人ではなくはっきりとした人であり、悪意ある企みや複雑なことをするような人ではないことはよくよく知っている。
そうであるからこれは、ごく単純な話である。真っ直ぐにヘイム様の近くにジーナを置きたい……これ一点だけだ。
その一点だけであるのならなんとか理解はできる。
それと最近気づいたことがあるのだけれど、ジーナと姉様と一緒に龍身様といると自然に呼び名が変わる。
意識せずに無意識に、ヘイム様と呼び、会話は四人だけのものとなる。
これは元に戻ると言っていいのか? 以前はジーナに合わせてそう呼んでいたがもう今ではその場に合わせて自然に言えている。
しかもそう呼ぶとヘイム様は機嫌がすこぶるよくなりジーナもどこかヘイム様に優しい態度をとっているようで……腹立たしいが事実である。
この落ち着いた雰囲気を姉様は求めているのだとしたら、いったいなにのために? ヘイム様を喜ばせるだけ? ただそれだけ?
考えたくないことであり、考えまいとしていたけれども、ひょっとして、姉様はジーナをヘイム様と結ばせようとしている?
ハイネがそう尋ねるとさっき回転しすぎて気持ちが悪くなり机の上に突っ伏しているヘイムは微笑んだ。
「なんだ。お説教は嫌だぞ」
「そんなお説教だなんて。そのですね、ヘイム様。女官らが揃っておりましてあのようなことをなされては」
「おおそうだな、ちとはしゃぎ過ぎたな。以後ああいった時ではあのようなことはせぬ。身内のものとの時とは分けるようにする」
格好といい平謝り的な態度にハイネはそれ以上何も言えず、怒りの行き場に困ったためにジーナに全部ぶつけることにした。
「それよりもジーナ! あなたもあなたで何ですかあの態度は。女官たちがみな困惑していましたよ。少しは慎みなさい」
「あの態度はというが、あれは私にとっていつも通りだったのだけど」
「ここはもうソグとは違いますよ。あなたのこともヘイム様のことも」
「ヘイム様はともかく私は変わらない」
「それを言うならジーナはともかく妾は変わらんぞ」
ヘイムも挙手して加わったためにハイネの声量は高く大きくなった。
「何ですか二人とも! 同じことを言わないでください」
「いや私は同じことを言ってはいないぞ」
「妾もだ。これとは違うことを言っておるぞ」
ハイネは返答の代わりの唇を噛んだ。まさかこうなるだなんて……龍身の帰還パレードが済み、今まで休み続けていた本業かつ実務が再開され出した。
龍が中央に戻った、これはソグの頃とは大きく違いもはや身内だけの集まりとはいかない。
とハイネは思っていたのだが、初日は二人がお喋りをしただけで実質的に終わってしまった。
後日の集いは前日の反省からかヘイムは女官からの報告を聞き訓示を述べ、あの騒ぎによって動揺し続けていた彼女らに安心感を与えたが、ハイネにはまるで安心感を与えなかった。
会議が終わり女官らが引き下がった後は息を合わせたかのように、いきなり始まった。
「手紙、書いてきたであろうな」
「なんとか書き上げこちらに。どうぞ」
「ご苦労……ではなになに」
ヘイムは貰った手紙の封をごく自然にその場で素早く解きいつものように広げ、読み始めた
まさかここで? とハイネはすぐに目を背け空を眺める。昨日と変わらぬ真っ新な蒼天。
雲の一つさえあればその変化を楽しめるのに……とハイネは空を睨み付けるが、傍らから聞こえて来る笑う鼻息や咳の度に視線が反射的に横に移りそうになるのを目力で堪えているのに疲れていた。
私はその手紙の内容に全然興味ありません、と口に出せればどれだけ楽か。また、それを口にしないということもまた神経の疲れも招いた。
「ヘイム様との茶会での楽しみは何よりも先ず茶にあります。護衛をやめてから時々思い出すことはあの茶会に出ていた茶は特別製であったことです。今日はそれを久しぶりに呑めてとても嬉しかったです、とのっけから何だこの卑しさ溢れる一文は」
「あのヘイム様? もしかしていつも私からの手紙はみんなの前で読み上げたり読ませているのでしょうか?」
シオンが顔を背けたことを遠い目をしていたハイネはどうしてか目に入ったが、すぐにジーナへ視線を向けた。
この人、いったい今までどんな手紙を送っていたのか? と表情で探るために凝視に入った。
「いや、そういうことはせん。今日はそなたがいるから眼の前で読んでおるのだ」
奇妙な理屈なうえに半分嘘を吐いていると思ったハイネはヘイムを見るも、そこには左半身の龍身しか見られず無意味であった。
右半身を全てジーナに向けているからこうなることにハイネは気づき、あっちを睨んでも意味がないためによりジーナを注視するも、そこには変化は見受けられなかった。少しぐらい動揺したらどうなのだろう? 可愛げのない男だ。
いや動揺して欲しくはないが、普通は動揺すべきだとハイネの心は混乱し千地に乱れる。
「あっそうでしたか。いえ、もしも読んでいたらその件で話題に上がるはずなので今までそういったことがないことがないのが気になりまして。もしかして書いてはいけないことを書いていて敢えて無視されているのかとも思いまして」
息を止め存在を消しているようなシオンに目を向けハイネには分かった。
この様子から姉様は絶対に隠し読みしている、と。
「それより茶だ茶だ。まさかそなたは護衛に戻りたかったのはここの質の良い茶を呑みたいが為とか?」
「理由としてはそれもありますが、お気に入りませんか」
「気にいるも気に入らぬもそんな奇妙な理由とは聞いたことが無いぞ」
「私だけがそういう理由でも良いじゃないですか? 私はこの席での茶が良いものだと思っています」
柔らかいものが席上に満ちそれが辺りを包み込んでいるようにハイネには感じられた。
春の日差しや微風、その諸々が合わさり温かみをもたらしているようにして。
「まぁ、その心はなんとなく分かる」
ヘイムが無表情に答えるとジーナもまた表情を変えずに茶を口に運んだ。二つの似た同じ顔。
だからハイネは自分の顔の前を手を振りその柔らかなものを払い除けた。
こんなものは、見たくは、無かった。待ってほしい。もしかして私はこれから毎日こんなやり取りを見なければならないのか?
なんて、なんて不潔なこの心の交流を……
「ヘイム様、その先はなんて書いてあるのです?」
シオンが尋ねるとヘイムは淡々と続きを読み出した。
その内容の平凡さに素朴さ、ロマンの無さはまさしく報告書と何ら変わり映えもしないというのに、ヘイムの口からそれが読み上げられると派手なあるいは劇的なある意味においてはロマン溢れる物語にしかハイネには聞こえなかった。
「薔薇の件でヘイム様が気に入れられて良かった、なんてことは妾にはよく分かっているのにしょうもないやつだ」
呆れるその口調の裏には喜びの響きがあるとハイネには聞こえた。
「帰り道でハイネに注意された。あのような場であんな口の利き方をしないでください。当然すぎることなので納得した、ここは良いし良かったな。こんなのでも説教してくれる存在がいるというのは。ありがたく思うようにな」
ヘイムの声にハイネは身を強張らせた。私のことをよりによってこの人に言うなんて……いや、報告書なのだから書くのは問題ないし、龍の側近である私からの叱責は書くに値することだろう。
ここでは書かない方がおかしいし問題であることはハイネには分かっていた。
いまの自分の反応はおかしいとも分かっている……そうだと分かっていても心の底に澱みたい拭いがたい黒いなにかがあることをハイネは感じた。
「まぁ怒られて当然ですね。ハイネも気になるところがありましたらその都度ジーナに注意しなさい。彼は言わなければ分からない人ですから。もっとも言っても分かりませんけどね」
シオンは小言のように言ったがその声の調子は怒りが微塵にもなかった。むしろ楽しげですらある。
こう言う姉様が進んで彼を護衛に戻したというところがハイネには最もわからなかった。
問題があると分かっているし無礼であることも分かっているし、彼を積極的にこの役目に戻そうとするその意図とは何だったのか?
その理由は聞けはしない。私とジーナとの関係をある程度知っていてかつ猛烈に反対している姉様には。
それにしても、とハイネは姉様はいったいなにを狙っているのだろう? と暗澹たる気持ちとなった。
姉様は決してわかりにくい人ではなくはっきりとした人であり、悪意ある企みや複雑なことをするような人ではないことはよくよく知っている。
そうであるからこれは、ごく単純な話である。真っ直ぐにヘイム様の近くにジーナを置きたい……これ一点だけだ。
その一点だけであるのならなんとか理解はできる。
それと最近気づいたことがあるのだけれど、ジーナと姉様と一緒に龍身様といると自然に呼び名が変わる。
意識せずに無意識に、ヘイム様と呼び、会話は四人だけのものとなる。
これは元に戻ると言っていいのか? 以前はジーナに合わせてそう呼んでいたがもう今ではその場に合わせて自然に言えている。
しかもそう呼ぶとヘイム様は機嫌がすこぶるよくなりジーナもどこかヘイム様に優しい態度をとっているようで……腹立たしいが事実である。
この落ち着いた雰囲気を姉様は求めているのだとしたら、いったいなにのために? ヘイム様を喜ばせるだけ? ただそれだけ?
考えたくないことであり、考えまいとしていたけれども、ひょっとして、姉様はジーナをヘイム様と結ばせようとしている?