こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

天へのおねだり

 アルの問いにシオンは森に目を向ける。

 逮捕だけを目的とするのならこのままこの場から離れ、兵を呼び森に投入すれば良い。

 こうすればジーナと話をせずに済み、すべては解決する。

 龍の騎士としてはそうすべきである。彼と話すことなど何もない。

 単独で会いたいというのに向うの勝手な言い分であり、聞く必要などないのだ。

 しかしそれは怯えでは? とシオンはまた体温が下がる感覚に襲われる。

 逃げなのでは? この怯えから逃げ出したい……怖いとでもいうのか?

 想像もできない言葉であるのに、龍についてどのような話をしてくるのかまるで見当がつかないというのに、怖がるというのはなんだ?

 彼が真実でも持っているとでもいうのか? ありえない。

 地の果てのような西域からやってきたこの世界で唯一龍の信仰を持たないどころか、敵意のみを抱いている男にいったいどんな言葉が言えるのだろう? この私は何を恐れているというのだ?

 この龍の騎士が、長年にわたるどころか物心ついた頃から龍身様と共にいて騎士として彼女を守るべく、ずっと生きて来て今も生きているこの自分があの男に何を恐れる。

『本当に?』

 意識の裏に例の声が張りつき、その問いが鳴った。だからシオンは前に出た。

「案内を頼むわアル君。正真正銘にいまは私一人よ。ジーナがそう言うのなら、いいわ会ってあげる」

 アルは分かりましたと歩きだしシオンもついて行く。

 今の自分は外装であり、腰には剣を下げており、捕縛用の縄も持ち合わせている。

 隙あらば刺し、それから捕縛をしても良い。何の遠慮もいらない。それが彼の為でもある

 アル君も状況次第では私の方につくだろう。龍の赤子の件は彼にとってジーナよりも重要なものだ。

 それは彼だって分かっているのだから私が強く言えばこちらの味方となる。

 あれを先に知ったのはかえって良かったかもしれない。そういえば。

「ジーナは赤子の件は存じていますか?」

「えっ? ジーナ隊長がですか? いいえ、いいえ。隊長は龍についての話なんてしませんし、この話についても興味を持たれないでしょう。このことが外部の人に流れたのはシオン様のみです」

「ならばよし。けどもアル君。私を外部の人扱いは心外ですね。龍の騎士は南ソグの少数民族の庇護者とも言える存在といえるじゃありませんか」

「それもそうでした。失礼いたしました、では訂正します。身内のものにしか話してはおりません」

 そうそうと頷くもシオンはこのことを黙って胸の内に収めてどうしようという発想はまるで出てこなかった。

 あのまま赤子が大きくなり自らの血が龍のものだと知ったのなら……偽龍のものであるとしても、知ったのなら……

「シオン様?」

 アルが背後から声を掛けてきた? 後ろ? どうして?

「行きすぎですよこちらです」

 思考が制限されたように頭は停止し脚だけが動いていたようだ。最近、このようなことが良く起きる。

 龍のことを考えたりジーナのことを考えたりすると、こうなる。

 何かが止めている、何らかの力が止めている……だが、それは何のために?

 私は何を考えたらいけないのか? しかしどうしてか、自分の疑問と共に足早となっていく不可解さにシオンは乗っていた。

 なにかに誰かに近づいて行くにつれて……ジーナに近づいて行くにつれて……頭の中が冴えて来て……何かを思い出すように……

 いつも頭の中にいた何かが甦るように……そうだ、彼が傍にいると、なにかがその傍らにいたのだ……龍身ではないものが……

 そしてそれはジーナにとっても私にとっても大切なものであり……思い出してはならない、という思いがこみ上げてくるというのに。

「シオン様。僕はここまでです」

 いつのまにか森の中。戸惑うも、だが記憶が遅れてやってきたのかどこからどう歩きどれくらい歩いたのかがすぐに思い出せた。

 それはまるで歩いている最中は大事なことを考えているから、余計なことを考えることを遮断していたかのように。

 そうであるのに、何を考えていたのかは思い出せないどころか、何かを考えているという空っぽなことしか考えていないということであった。

 それでもシオンは自分の中に何か欠落があることを意識できた。それはさっき感じていた胸の奥の空洞のようなもの。

 歩けば歩くほどにその空洞の存在を認識でき、進めば進むほどにその欠落の大きさに気付く。ただ、それが何かが、分からないまま。

「ジーナ隊長はちょっとこの先にいると思われます。一人であることがジーナ隊長の言葉でしたから、僕はこれ以上ここにいることはできません」

「そういうことね、わかった。けど具体的にどのあたりにいるとか教えてくれる?」

「僕も分かりません。実のところ僕は隊長にずっとお会いしていないのです。一族のものに頼んで食料や物資を指定された場所に置いておくと翌日には回収されたのが確認されますが、その届けたものも姿を見たことはありません。僕は定期的にここに来て話をするのですが、ジーナ隊長の姿は見えず声が天から降りて来るのです」

「つまり木の上にいるということですね。へぇ、それが彼の潜伏方法ですか。やりますね」

「木の上なのですかね……」

 アルが見上げるシオンも見上げ木々の梢が折り重なり、空を遮り微かな木洩れ日の光が見えるのみの天がそこにあった。

「僕だって地面を見て聞いているわけじゃありません。結構熱心に探しますよ。でも、声の出所がどこか分からないし物音すらしないのです。この静かな森の中で風で揺れる木々のせせらぎに混じってジーナ隊長の声が来るのです。上から、まるで天から僕に降りて来るかのように。僕はたまにこれは妄想なのではないかと思うのです。すべては僕の心の中の声が反響しているのではないかと。ここは封禁の森にギリギリ被っている場所です。なんらかの龍の力が働いているのかもしれないと思うものの、それがどうしてジーナ隊長に関係しているのかが、僕には分かりません。だって隊長は龍から最も離れた存在ではないですか。決して龍への信仰に目覚めない、目覚めなかった人。僕や僕の一族は精霊を優先させますが、それでも龍の力を信じてはいます。これは矛盾はしません。精霊の導きも龍の力の偉大さも同時に信じることができるのです」

「……けれどもジーナは頑ななまでに龍の信仰を拒んでいましたね。面白いのは……彼自身が何らかの宗教といったものを信仰しているようにはみえなかったこと。無宗教だというおかしなものもあるにはあるそうですが、彼にはそういった虚無的な態度はありませんでした。だから私もたまに思ったこともありました。この人は龍の信仰をはじめから有している人なのではないかと?」

 風が吹き木々がざわめく音を聞きながらシオンはアルの瞳に怯えの色が宿るのを、見る。

 触れてはいけないところに、気づいてはいけないところに、見てはならないものを見てしまったというのか?

「信じているのに信じていないと口にする、その分裂その矛盾」

 どうしようもないぐらいに彼だ、とシオンはおかしくもなった。

「ジーナ隊長がもしもシオン様の言われるように龍の信徒だったとしましたら行動だけならジーナ隊長は全軍で最高勲章を授与した唯一の人です。だけども今回の行動は、どう解釈すればいいのですか? まさかジーナ隊長は龍の為にこのようなことをしているとでも?」

 そんなことは有り得ない……そんなことは……シオンは二度同じことを繰り返し思うなか、辛うじてひとつの仮定が頭に過り。それこそ天から放たれたような、そんな角度から降りてきた。

 もしもそうだとしたら、ルーゲン師の行いの全てが間違いだとしたら……シオンはそう思うといまだ消えぬその過去からの嫌悪感が酸味と重みを伴って込み上げてきた。

 そう……あの儀式の最後の最後に行われる龍の婿の儀式を阻止するというのなら、私はもしかして……いや、そんな馬鹿な。龍身様はルーゲン師を受け入れられたではないか、あんなに昔は拒絶していたのに……誰が、拒絶していた?

 シオンは再び混乱しだし思考が止まると、無音が耳の奥深くにまで入り、痛く響いた。

 それでもシオンは帰ろうという気にはなれなかった。あらゆる苦痛がこの先で待っていそうであるのにシオンは森の奥を、見る。

「私はそれを確かめに行きます。帰りなさいアル君。赤子について後日また話をしましょう。それでは」

 ご注意を、とアルの言葉を背後で聞きながらシオンは歩き出した。

 地面は誰かが通った形跡はなくまた人間の気配はどこにも感じられない。

 どこまで歩けばいいのか分からぬまま歩き、もしかして自分の方から声を掛けなければならないのかとも思いつつ奥へと歩き続ける。

 シオンは奇妙な感覚に陥り出した。

 というかこの奇妙さはそのままジーナとの会話や彼のことを考える際に起こりがちな現象だとも思い出す。

 ぐるぐると同じところを周りどこにも行けないあの感じ……少し角度を変えたりしたら大きな変化が生じるのに、行ったり来たりを繰り返す回転。

 だからシオンはそこでいきなり立ち止まり、天に向かって叫んだ。

「ジーナ来ましたよ! シオンです! 私はここにいます」

 しかし呼べども天は応えず風の静かな音が聞こえるのみだった。

「あなたはどこにいるのですか?」

 自分の声が森の中で遠くまで響いているのがシオンは聞いていた。

 だが声は山彦のように返ってはこず、森へと吸い込まれ消えてゆくも、しかしなにかが来る気配がしたと同時に、それは来た。

「シオン、よく来てくれた」

 反射的にシオンは空を見上げるも、そこには木々の梢の隙間から見える天しかなかった。

 そこに人がいるはずがない。そうであるのに確かに声は、間違いなくそこからだった。

 それともあなたは光の一部となっているのですか? 風が強く吹き、木々の枝が揺れ天が広く開く。

 光の眩しさの中で声が落ちて来た。

「ヘイムは、元気か?」

 聞いた途端にシオンは自身のなかで感じ続けていた空洞が瞬時に満ちたことを、感じた。

 その言葉は水なのかまたは光なのかその混ざり合ったなにかであるのか、奥で満たされ溢れ出るもの瞳を通じて零れ落ち続けた。とめどなく湧き出る涙をシオンは見た。

 その光を含んだ水をシオンは拭わずにそのままにした。水で光がぼやけ何も正しくは見えない。

 それで良いとシオンは思う。私は正しくものを見ていないのだから、ぼやけた光の中で、生きているのだから。

 その霞がかかる認識の中でシオンは天に向かって、ねだった。

「もう一度、言ってください」
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