こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。
傷痕と共にあなたを思う
小声でそう言うもこれは天まで届くとシオンには分かっていた。
あなたは絶対に聞き漏らさない。するとやはり答えがすぐに返ってきた。
「ヘイムは元気であるのか、を私は聞いたんだ。しかしどうやらシオン。ついにお前も忘れたようだな」
私はそれを忘れていた? そうなのか、違うのでは? こう言えるのではないのか? 忘れさせられていたと。シオンはぬるい水の中でぼやける光のなか思った。
大きな力によって抑えられてきていたとしたら、そうしなければならないことだとしたら、そうあるものであったのなら、そして自分はそれを受け入れなければならないものだったとしたら……それは私の罪なのだろうか?
「お前のその状態で分かった。いまは儀式の最終段階だということがな。だが、まだ龍の婿の儀式は終わってはいない、そうだな?」
シオンは答えずに考える。この男は何をしようとしているのだと?
やはり、来るのか、行くのか、訪れるのか、龍の祭壇に……会うのだろう……りゅ……ヘイ……誰に?
「私はヘイムに会いに行く」
天からその言葉が聞こえると同時に干上がるようにしてシオンの両目から温かい水が一気に退き乾き淡く揺らめく輝き消滅し、光が差さぬ森が眼前に現れ、怒りと共にシオンは叫んだ。
「祭壇に行くというのなら通らせませんよジーナ! 私が龍の騎士である限り決してあなたを通さない。あなただけは通らせない。絶対に龍には会わせない!」
「私はヘイムに会いに行くんだぞシオン! その日、私を通してくれ。そのことを頼みたかった。そのために私はここに来て、お前と話をしているんだ。シオンよく聞け、ヘイムは失ってはいない。いるんだ、まだ祭壇に、龍身と共に、だからシオン、お前は」
「龍には会わせない、と言っている! 何を言うかと思いきや、儀式のときに通らせろとか、あなたはおかしなことを言っている! ずっと言っている! 正しくないことを、誤ったことを、歪んだことを言っている」
声が大きくしジーナの言葉を聞かないようにシオンは怒鳴り続ける。
しかし心の中に刻まれたもう一つの名を口の中で転がすと口中が強張り、正しく言えない。その名は、なんだ?
「シオン、私は一つのことだけを言っている。ずっとだ、ずっと私は一つの言葉のみを言っている。私は祭壇を目指し……」
「うるさい!」
シオンの絶叫がジーナの言葉をかき消し、自らの耳に耳鳴りすら起こさせた。
「明朝この一帯に兵を投入し、あなたを拘束します。それが嫌と言うのなら中央から出ていきなさい。これは元同僚への最後の情けです。そうしなさいジーナ! お願いだからそうして!」
叫び乱れた呼吸のなかでシオンはあたりを見る。森だけがそこにあり、枝葉に塞がれた空だけが頭上にある。
痛みさえ感じる耳鳴りで何も聞こえさせない。静寂そのもの。孤独感のなかでシオンは探した。
ジーナを探した。見ていないのに、見えていないのに、足元から木の陰、茂った枝の間。
いくら探せど見つからず、何も見つからず、シオンは次第に恐怖に囚われだす。
いまのは全て、妄想だったのではないかと? 私は幻聴を聞き一人で叫んでいたのでは?
ジーナはここにはいなかったのでは? そうであるとしたら……
「ジーナ? ジーナいるんでしょ? 答えなさい」
しかし声どころか森の音すら聞こえない。いまの耳鳴りで自分は彼の声を聞き逃しているかもしれない。
大事な言葉が聞こえていないのかもしれない。だけどいま、自分が聞きたい言葉とは?
シオンにはそれが分からない。でもさっきジーナが何かを言ったその言葉が今は思い出せなくなっている。
あの光る涙とはなんだったのか? 私は何に涙したのだ? 思い出せとばかりにシオンは瞼を強く閉じジーナの声を再生させる。
私は――に会いに行く……誰に? 龍ではないとしたら、誰だ?
私の知っている人だろうか? もしも私の知らない人であるのならそれを私には思い出すことはできないのでは?
そう、ジーナの出会う人は、私には無関係な存在で……
『本当に?』
「ヘイム?」
シオンが応えると瞼が開き、再び涙が流れだした。
ヘイムの声が、した。いや、していた。ずっとしていた。ずっと語りかけて来ていたとシオンは気付いた。
私はそれにずっと気が付かず返事をせずにいた。辺りを見回しても、誰もいない。いるはずもない。
涙が唇に当たりシオンは舐めとった。血の味がした。さっきと違う味。
赤い色ではなくさっきと同じ光を含む液体であるが、これは血であるのだろう。
光り透き通った血であるのだろう。胸の奥から湧く血は光り、瞼から溢れ出てくる。
身体の中のどこかが切れたのだろうか? その名を自らが呼ぶことによって自らを傷つけることによって現れるその言葉その名。
一度閉じていた痕を自らの指で掻き乱し開く、それに似ていた。
「ヘイム……」
今一度呼ぶと口中で血と涙が混じった味がし、シオンはそれをも呑み込んだ。
涙も可能な限り口の中に入れ呑み込むよりも喰らい貪るようにすする。
これは、私のものだ。私の血であり涙であり、命である。
「ヘイム……」
また胸の奥から血がこみ上げてくるが構わずにシオンは呼び、刻む、痛みと血と共に。
だから決してもう忘れない。この傷がある限り、いつも引っ掻きまわし開かせ血を流し、その全てを呑み込むために。
シオンは思う。これは龍への反逆か? 背信か? 許されないことであるのかどうか?
そうなのだろう……忘れさせようとしているのが龍の御力だとしたら、そういう意思なのだろう。
それでもシオンはもう一度名を呟き、血を味わった。
これにどんな意味があるのか、分からない。だが私はこうしなければならない、そのことだけが分かった。
しかしもうあの激しい頭痛も苦悩ももう起こらないであろうとの予感もあった。これが私なのだろうと。
拭った指や手についた光る無色の血と涙を舐めとったシオンは森の出口を目指した。
ジーナはこれのために私を呼んだのか? そうなのか? いや、違う気がする。
これはあくまで自分だけのものであり、他者によるものではない。
もう私はあの幻聴というべきヘイムの声は聞かないだろう。同時にジーナの声もどこからも聞こえてこない。
森は静かなままだった。騒がしいのは自分の心だけ、語っていたのは自分だけだったのかもしれない。
ヘイム、とシオンは断続的に傷痕に指を入れ引っ掻き湧き出る血を味わった。
傷痕と共に、私はあなたのことを思うとでもいうように。
あなたは絶対に聞き漏らさない。するとやはり答えがすぐに返ってきた。
「ヘイムは元気であるのか、を私は聞いたんだ。しかしどうやらシオン。ついにお前も忘れたようだな」
私はそれを忘れていた? そうなのか、違うのでは? こう言えるのではないのか? 忘れさせられていたと。シオンはぬるい水の中でぼやける光のなか思った。
大きな力によって抑えられてきていたとしたら、そうしなければならないことだとしたら、そうあるものであったのなら、そして自分はそれを受け入れなければならないものだったとしたら……それは私の罪なのだろうか?
「お前のその状態で分かった。いまは儀式の最終段階だということがな。だが、まだ龍の婿の儀式は終わってはいない、そうだな?」
シオンは答えずに考える。この男は何をしようとしているのだと?
やはり、来るのか、行くのか、訪れるのか、龍の祭壇に……会うのだろう……りゅ……ヘイ……誰に?
「私はヘイムに会いに行く」
天からその言葉が聞こえると同時に干上がるようにしてシオンの両目から温かい水が一気に退き乾き淡く揺らめく輝き消滅し、光が差さぬ森が眼前に現れ、怒りと共にシオンは叫んだ。
「祭壇に行くというのなら通らせませんよジーナ! 私が龍の騎士である限り決してあなたを通さない。あなただけは通らせない。絶対に龍には会わせない!」
「私はヘイムに会いに行くんだぞシオン! その日、私を通してくれ。そのことを頼みたかった。そのために私はここに来て、お前と話をしているんだ。シオンよく聞け、ヘイムは失ってはいない。いるんだ、まだ祭壇に、龍身と共に、だからシオン、お前は」
「龍には会わせない、と言っている! 何を言うかと思いきや、儀式のときに通らせろとか、あなたはおかしなことを言っている! ずっと言っている! 正しくないことを、誤ったことを、歪んだことを言っている」
声が大きくしジーナの言葉を聞かないようにシオンは怒鳴り続ける。
しかし心の中に刻まれたもう一つの名を口の中で転がすと口中が強張り、正しく言えない。その名は、なんだ?
「シオン、私は一つのことだけを言っている。ずっとだ、ずっと私は一つの言葉のみを言っている。私は祭壇を目指し……」
「うるさい!」
シオンの絶叫がジーナの言葉をかき消し、自らの耳に耳鳴りすら起こさせた。
「明朝この一帯に兵を投入し、あなたを拘束します。それが嫌と言うのなら中央から出ていきなさい。これは元同僚への最後の情けです。そうしなさいジーナ! お願いだからそうして!」
叫び乱れた呼吸のなかでシオンはあたりを見る。森だけがそこにあり、枝葉に塞がれた空だけが頭上にある。
痛みさえ感じる耳鳴りで何も聞こえさせない。静寂そのもの。孤独感のなかでシオンは探した。
ジーナを探した。見ていないのに、見えていないのに、足元から木の陰、茂った枝の間。
いくら探せど見つからず、何も見つからず、シオンは次第に恐怖に囚われだす。
いまのは全て、妄想だったのではないかと? 私は幻聴を聞き一人で叫んでいたのでは?
ジーナはここにはいなかったのでは? そうであるとしたら……
「ジーナ? ジーナいるんでしょ? 答えなさい」
しかし声どころか森の音すら聞こえない。いまの耳鳴りで自分は彼の声を聞き逃しているかもしれない。
大事な言葉が聞こえていないのかもしれない。だけどいま、自分が聞きたい言葉とは?
シオンにはそれが分からない。でもさっきジーナが何かを言ったその言葉が今は思い出せなくなっている。
あの光る涙とはなんだったのか? 私は何に涙したのだ? 思い出せとばかりにシオンは瞼を強く閉じジーナの声を再生させる。
私は――に会いに行く……誰に? 龍ではないとしたら、誰だ?
私の知っている人だろうか? もしも私の知らない人であるのならそれを私には思い出すことはできないのでは?
そう、ジーナの出会う人は、私には無関係な存在で……
『本当に?』
「ヘイム?」
シオンが応えると瞼が開き、再び涙が流れだした。
ヘイムの声が、した。いや、していた。ずっとしていた。ずっと語りかけて来ていたとシオンは気付いた。
私はそれにずっと気が付かず返事をせずにいた。辺りを見回しても、誰もいない。いるはずもない。
涙が唇に当たりシオンは舐めとった。血の味がした。さっきと違う味。
赤い色ではなくさっきと同じ光を含む液体であるが、これは血であるのだろう。
光り透き通った血であるのだろう。胸の奥から湧く血は光り、瞼から溢れ出てくる。
身体の中のどこかが切れたのだろうか? その名を自らが呼ぶことによって自らを傷つけることによって現れるその言葉その名。
一度閉じていた痕を自らの指で掻き乱し開く、それに似ていた。
「ヘイム……」
今一度呼ぶと口中で血と涙が混じった味がし、シオンはそれをも呑み込んだ。
涙も可能な限り口の中に入れ呑み込むよりも喰らい貪るようにすする。
これは、私のものだ。私の血であり涙であり、命である。
「ヘイム……」
また胸の奥から血がこみ上げてくるが構わずにシオンは呼び、刻む、痛みと血と共に。
だから決してもう忘れない。この傷がある限り、いつも引っ掻きまわし開かせ血を流し、その全てを呑み込むために。
シオンは思う。これは龍への反逆か? 背信か? 許されないことであるのかどうか?
そうなのだろう……忘れさせようとしているのが龍の御力だとしたら、そういう意思なのだろう。
それでもシオンはもう一度名を呟き、血を味わった。
これにどんな意味があるのか、分からない。だが私はこうしなければならない、そのことだけが分かった。
しかしもうあの激しい頭痛も苦悩ももう起こらないであろうとの予感もあった。これが私なのだろうと。
拭った指や手についた光る無色の血と涙を舐めとったシオンは森の出口を目指した。
ジーナはこれのために私を呼んだのか? そうなのか? いや、違う気がする。
これはあくまで自分だけのものであり、他者によるものではない。
もう私はあの幻聴というべきヘイムの声は聞かないだろう。同時にジーナの声もどこからも聞こえてこない。
森は静かなままだった。騒がしいのは自分の心だけ、語っていたのは自分だけだったのかもしれない。
ヘイム、とシオンは断続的に傷痕に指を入れ引っ掻き湧き出る血を味わった。
傷痕と共に、私はあなたのことを思うとでもいうように。