二度と恋はしないと決めたのに~フライトドクターに娘ごと愛されました~
一緒にいた田上にも聞こえたのだろう、言い返そうとして振り向いた彼に『行きましょう』と告げると――。
『誰よりも早く傷病者のもとに駆けつける彼女たちに敬意を払えないのなら、病院で働く資格はない』
低く響く声の主は、櫂だった。患者を専門医に託し、外来に戻ってきたのだろう。その表情は険しく、事務員に厳しい眼差しを向けている。
千咲を庇ってくれたわけではなく、同じ医療従事者を蔑ろにされた憤りからの発言だっただけかもしれない。
けれど千咲は嬉しかった。見た目ではなく、ひとりの救命士として認められた気がして、心がじんわりとあたたかくなった。それがきっかけで、千咲は彼に憧れる気持ちが強まったのだ。
とはいえ、櫂ともっと親しくなりたいとか、付き合いたいなどと考えてはいない。彼とはほとんど個人的に会話をしたことはないし、そもそも千咲は恋愛に消極的だった。
未婚で千咲を生んだ母は整った容姿をしており、それを武器に恋を謳歌していた。千咲は父親の顔も名前も知らず、コロコロと恋人を変える母を見て育ったため、恋愛の寿命の短さを身をもって知っている。学生時代にいくつか恋をしてみたけれど、やはり誰とも長くは続かなかった。
結婚は〝永遠の愛〟を誓うものだと言われているが、自分には一生縁のない言葉だと感じていた。