二度と恋はしないと決めたのに~フライトドクターに娘ごと愛されました~
彼が着ているシャツのボタンを外しながら声を掛けたのもつかの間、彼は心停止に陥ってしまう。千咲はリュックからタオルを出して地面に敷き、その上に糸井を横たわらせ、すぐに胸骨圧迫を始めた。
「紬、ごめんね、そこに座ってて。糸井さん、聞こえますか? 糸井さん!」
必死に救命措置を繰り返していると、ほどなくして救急車がサイレンを鳴らしながら駆けつけた。二名の救急隊員がストレッチャーを持って走ってくる。
「糸井将人さんです。突然、胸痛を訴えて倒れました。最近、胸が痛いことが何度かあったようです。CPA(心停止)になったので、胸骨圧迫を⋯⋯」
千咲が息も絶え絶えに説明すると、彼らは「わかりました。変わります」と頷き、糸井をストレッチャーに乗せた。
「電話で症状を聞き、一刻を争うと判断したのでドクターヘリを要請しています。着陸できる場所まで移動しますので、こちらへ」
「あ、あの、私は⋯⋯」
糸井とは偶然居合わせただけで、家族ではない。そう言いかけたものの、救急隊員はすでに背を向けて救急車へと向かっている。このまま倒れた彼を置いて帰るのも薄情だし、帰宅しても気になってしまうに違いない。