二度と恋はしないと決めたのに~フライトドクターに娘ごと愛されました~
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この地域の消防局は、総務部、警防部、予防部、消防署に大きく分類されている。千咲は警防部の中の救急課に所属し、救急救命士として働いていた。
救急救命士とは救急車に乗り、病人や事故に遭った人へ応急処置を施すのが仕事だ。消防官として実務経験を積んだ上で研修を受けて資格を取ることも可能だが、千咲は医療専門学校で三年間学び、国家資格を取得した上で消防士採用試験に臨んだ。
救急科には資格を持った救命士だけでなく運転手や事務員などの消防官もいるが、八割近くが男性だ。
そんな中で千咲の容姿が目立つのか、別の局の女性たちから『男に媚びている』『チヤホヤされていい気になっている』などと陰口を叩かれることもあった。学生時代からよくあることで慣れているとはいえ、傷つかないわけではない。
それでも仕事を辞めたいと思わなかったのは、やりがいのある仕事というのはもちろん、苦しんでいる人の元へ一番に駆けつける救命士という仕事を祖母が誇りに思ってくれていたからだ。それから、一緒に働く仲間に恵まれていたというのも大きい。
「おはようございます」
「おう。今日の朝飯もうまそうだな」
千咲が救命士の制服に着替えて更衣室からフロアに出ると、四つ年上の田上から声を掛けられた。救命士の先輩たちはみんな気のいい男性ばかりで、中でも田上は新人の頃から千咲の面倒を見てくれた。