冤罪で王子に婚約破棄されましたが、本命の将軍閣下に結婚を迫られています⁉︎
 シルファンは来なかった。式典の最後、卒業生代表としてユフィルナが舞踏会のファーストダンスに立つことになっていたにもかかわらず。

「なんてこと……」

「ユフィルナ嬢。お一人ですか?」
 途方に暮れる彼女の前に現れたのは、ゼルナークだった。

「華々しい舞踏会に相応しい代役とは思えませんが、ひと踊り、お付き合いいただけますか?」
 彼はすでに元帥に次ぐ優秀な将軍として名を馳せており、式典軍装の代わりに深い紺色の礼服に身を包んでいた。

 その姿に、場の誰もが息を呑んだ。もちろんユフィルナも例外ではない。

「よろしく……お願いいたします」
 鼓動が逸ったが、差し出された彼の手におずおずと手を重ね、ユフィルナは大広間の中央へ進む。

 楽団の演奏が始まったが、目の前の端麗な青年に見惚れてダンスの振り付けがすっぱりと頭から抜け落ちてしまっていた。

 足が震えて、どうしたらいいかわからない。

「大丈夫です。うまく見せるのは、私の役目ですから」
 ゼルナークは囁くように告げた。

 低音の甘い響きに、耳が蕩けてしまいそうになる。目が合うと、吸い込まれそうな青の中に微かに揺蕩う別の光が灯っているように見えた。不思議な色合いの瞳だと見つめている間に、自然と足が動き出した。

 音楽に合わせ、彼の動きに合わせているうちに、ぎこちなさが取れていく。

「……よくお似合いですね。食べてしまいたくなります」
 ゼルナークが顔を寄せて二人にしか聞こえないように呟くから、ユフィルナは頬が熱くなるのを止められなかった。

 彼女の髪には、すみれの花を模した髪飾りが留められていたのだ。これは彼のことを想って職人に作ってもらったものだ。

 自分の気持ちを彼に知られたらどうしようと、ドキドキしながら最後まで踊り切った。

「……ありがとうございました」
 曲が終わり、ユフィルナは美しいカーテシーをとった。

 ――大丈夫、気づかれていないはず。

 いや、気づかれたところで、ゼルナークはこちらのことを何とも思っていないだろう。上司の娘が困っていたから手を差し伸べただけだ。

 家に帰ったら、すみれの砂糖漬けを食べよう。

 彼への想いを飲み込むように――。


******


 その後、ユフィルナにかけられていたスパイ容疑は、ゼルナークの尽力と、リザの協力、そして彼女自身の冷静な分析によって覆された。


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