魔力を喪った賢者の娘は、とある帝国公爵の呪いを解いてあげたのです……が? ~傾く領地を立て直したら、彼が私に傾いてきた~
 でも、私はそんな心配を胸に抱きつつ、ほとんど即答に近い形で口を開いていた。

「お願いします。教えてください……母が、あなたと暮らしていた時のことを」

 知りたい、母のことを……。だから、どんなことが明かされても、精いっぱい受け止めよう。
 そんな覚悟をした私は、一生懸命にメレーナさんを見つめ、やがて彼女は口を開いた。

「分かったよ。なら少し……時間をもらおうか」

 軽やかなドアベルの音が響いた。一旦表に出て店を閉めてきたようだ。

 世間では丁度お昼の休みにかかりそうな頃合いだから、窓から差し込む明かりが部屋を温かく照らしている中。目の前の席に腰を落ち着けたメレーナさんの口から、四半世紀以上もの記憶を遡った、当時の出会いが明かされ始める。

「懐かしいねぇ……。あの頃はまだ、あたしもずいぶんと若かった……」

 深い森の奥でぽたり、ぽたり……と垂れる雨粒のような――。
 静かで緩い語り口で、ひっそりと……。
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