明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
(まだ心の準備が)

 身投げなんて、我ながらよくできたものだ。今は水面を見ただけで足がすくむだろう。

(あの時……本当に追い詰められていたんだわ)

 躊躇なく身をおどらせた気がする。
 背に男の怒声を振り切って。ぐにゃりと重い猫の亡骸をかき抱き。暮れかける村の道を走った。思い出す澪の吐息がふるえる。

「みゃう。みゃ」
「澪」

 白玉がスカートの裾を引っ張り抱っこをせがんだ。眉をひそめる桐吾も心配そうな目の色――どちらも澪の不安をわかってくれている。

「――うん、だいじょうぶ」

 澪は微笑みを返した。でも白玉のことは抱き上げる。胸にぎゅ、として心を落ち着かせる澪に、桐吾は「ベタベタするな」と言わなかった。

(今は猫の姿だし――澪も死に場所を確かめに行くのはつらいだろう。仕方ない)

 澪にとってこれは心に刺さった棘のようなものだ。百五十年前にあった、冬悟と白玉と自分の死。いつか受け入れなければ桐吾と一緒に前へ進むことはできないと思う。
 だが澪は苦しそうだった。やめた方がよかったかと桐吾は後悔する。せめて、と手を差し出した。

「ほら」

 つなげ、と。
 これは男女として距離を詰めたり、澪をからかったりではない。ただそばにいると示したかった。
 澪はへにゃ、といつもの笑い方をした。白玉を地面におろし桐吾の手を取る。

(桐吾さんがいるもの。怖くない)

 今ならどんなに追い詰められた気持ちになっても死んだりしないと思えた。
 ――だって、隣を桐吾が歩いていてくれるから。

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