明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
 死んだばかり、祟ったばかりの時は澪も力に満ちていた。愛するものを踏みにじられたことで行き場をなくした想いが心に湧き上がっていたからだ。
 だが百五十年、眠り続けた澪の気持ちはすっかり凪いでいる。力の使い方を忘れるほどに。

「澪はどこにでもあらわれていた。忘れてはおらぬだろう」
「あ――そう、そうだったわ私。住んでいた屋敷にも、荷を出している蔵の中でも、思ったところにフイって」
「そ、それは皆が驚いたろうな」

 桐吾は動揺を抑え慎重に運転していた。というか、路肩に停車した方がいいだろうか。ちょっと安全に自信がなくなってくる。それほどにあんまりな話だった。澪が消えるかも、だなんて。

「今ならば、またできるのではないか? やってみるがいい澪よ」
「やってみるって……どこかにあらわれるのを?」
「うむ」
「ちょ、ちょっと待て澪」

 さすがに聞き捨てならない。

(澪がどこかに飛ぶということか?)

 桐吾は周囲を確認し徐行、一時停止できる場所でブレーキを踏む。だが車の運転などかけらも気にしてくれない白玉は、さっさと澪をうながした。

「念じてみよ。澪が今、いちばん行きたい場所を。帰る家のことを」
「私が帰る場所――」

 胸に渦巻く何かに意識を集中していた澪は、車が停まったことにも気づかなかった。そして、フ、と奇妙な感覚。

 ――――助手席から澪の姿が消える。

「――!」

 悲鳴をのみこんだ桐吾の視線の先で、ゆるんだシートベルトだけが座席に残されていた。

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