明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
 この甘さは、今が〈夫婦〉として振る舞うべき舞台だからだろうか。
 桐吾はしっかり身を固めることを示し、久世の一族としての立場を強固にするために祖父への目通りを願ったのだ――伯父を告発するためにはそれぐらいの覚悟がいる。

 正面玄関に近づくと、そっと戸が開けられた。頭を下げて迎えたのは桐吾とも顔なじみの面々。年配の男女だった。

「お帰りなさいませ、坊ちゃま」
「その言い方はよしてくれ清水。元気にやっているか」
「この通りです」

 清水と呼ばれた彼らは長年久世の本家に仕えてきた夫婦だった。つまり桐吾が引き取られた当時も知っている大ベテラン。親を亡くした桐吾を世話してくれた人たちだ。
 少年の桐吾に対しても「甘やかすな」という忠親の厳命に従い態度はわりと素っ気なかったらしい。だけど澪には感じられた。

(桐吾さんのこと、大切に思ってくださってる)

 この感覚は、愛に敏感な祟り神だからだろうか。澪はやわらかく微笑み、二人に一礼した。

「――これが澪。俺が妻に迎える人だ」
「まあ、こんな美しいお嬢さんをお連れになるなんて。忠親さまもお喜びでしょう。お待ちになっていますよ」

 奥を預かる清水夫人の方はさすがに目を細め、嬉しげにする。表面に出てしまったその歓迎の仕草に桐吾もやや安堵した。

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