明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
桐吾みずからの意思で入社したわけてはないが、久世建設は優良企業だ。桐吾が配属された地域開発事業部は日本建築の保全コンサルティングにも取り組んでいる。
古い文化財を活かして地域の創生に寄与する事業は興味深かった。〈澪姫〉の祠を訪ねたのも、あの周辺の再開発という話が持ち上がったからだ。
ピピッ。通話呼び出しが入った。部下からだ。
「はい、久世」
『部長、先日出したF市の見積もりなんですが』
「市民ホール改修の案件か。どうした」
『あっちの担当から内々に相談があったんです。別の社からの提案だと価格がぜんぜん違うと』
桐吾は眉をしかめた。音声のみなので不愉快な表情は伝わっていないはず。だが慌てた言い訳が続いた。
『実は向こうの担当が学生時代の同期なんです。それでオフレコに話が来て』
向こうも想定よりかなり安い提案を疑っているのだそうだ。設計不良や手抜き工事で事故が起こっては元も子もない。だが桐吾には一つ、心あたりがあった。
「――その提案は、SAKURAか?」
『そこまでは明かしてもらえませんでしたが』
「そりゃそうか……」
「ねえ、誰かいるの?」
ひょこんと顔を出したのは澪だった。会話している桐吾を不思議に思ったのだが、もちろん誰もいない。きょろきょろしたら桐吾ににらまれた。しっしっと手を振られる。
『――まあ実際、SAKURAホールディングスは最近妙な動きをしてますよね』
「きゃ!」
人影はないのに、パソコンから声が聞こえた。澪の悲鳴を聞いて白玉が飛んでくる。
「にゃおう!」
「うわ、こら!」
「あ、だめ! やめなさい白玉!」
桐吾の膝の上に飛び乗りパソコンを威嚇する白玉。止める澪。
もちろんマイクをオフにする間があるわけもなく――。
冷徹部長・久世の家に、猫と女がいるらしい。
噂はその日のうちにフロアに広まった。