明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
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 すっかり夜になってから、澪は外に連れ出された。近所で買い物をするという桐吾と一緒だ。
 澪の靴と、夕食を調達するのだった。猫を抱いていては食料品売り場に入れないので白玉は留守番させられている。

 今日の澪はストンとしたライトブラウンのニットワンピース。華蓮が買ってきた物で、誰にでも似合いそうなチョイスはさすがだった。

「この服、とても軽くて楽です」

 ふふ、と照れくさそうにする澪の髪はおろしたまま。ストレートの黒髪が背中で揺れている。

「昨日の女性は趣味のいい方ですね。お礼を言いたいな」
「高橋は有能なんだ。よく働いてくれている」

 向かっているのは駅前だ。帰宅する人々に逆行しているせいで、すれ違う男たちの目が澪にとまる。だが桐吾が隣にいるのを見て誰もがスッと視線を外していくのだった。中には舌打ちしてやっかむ者もいる。
 それほど澪は目を惹いた。とび抜けて美人というわけではないが、化粧っけのない無垢な雰囲気のせいだろうか。
 どこかから、はら、と散ってきた桜の落ち葉が赤かった。澪が秋にとけてしまいそうだと桐吾は思った。

「――人が、たくさんなのね」
「そうか?」
「あと、すごい光。家の中もそうだったけど、夜がこんなに明るいなんて」

 澪にとっては何もかもが異常事態だ。
 本音を言えば、少し怖い。ごまかすように小さく笑ってみせた。

「私たちが生きていた頃は、こんなじゃなかったから」
「――トウゴというのは誰だ?」

 最初に呼び掛けられた「冬悟」。桐吾は同じ名の男のことが不意に気になった。「私たち」とはその男と澪のことだろう。

「――許婚だったの。死んでしまって」

 澪はつぶやくように教える。
 桐吾とよく似た顔立ちの、やさしかった人。思い出をたどり目を上げたら、ビルに切り取られた狭い夜空は奇妙な色だった。
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