明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
「昔の村では星がたくさん見えたけど」
「――俺にとってはこれが普通だ」
「明るいのも、音が飛んでいくのも?」
「音?」
「ほら――空で。嵐の日みたいに風が鳴ってる。これはなんの音なの?」
不思議そうにする澪につられ、桐吾も夜を見上げた。
宵の口といえる時間だが、秋の日没は早い。しかし真っ暗にはならず空は赤みを帯びていた。言われてみれば何かがゴウと轟く。電車や高速道路、飛行機、そして人々の作り出すすべてが混ざった音なのだろうか。
静寂なんてもの、桐吾は知らない。漆黒の闇も。
しかし澪は暗闇と静けさの中を生きたことがあるのだった。冬悟と一緒に。
――そして今の澪は、あふれる光と音に囲まれ心細そうにしている。
「――ここだ」
桐吾はグイと澪の手を引いた。入ったのは靴の量販店。さすがの華蓮もサイズの融通がきくサンダルしか用意できず、今は足元だけ寒々しいのだった。
「普段用の歩きやすいのを一足買っておこう」
「……あの、昨日から思っていたのだけどお金は」
「気にするな」
引っぱられたままの手を、澪はきゅ、と握った。
(この恩をどうやって返せばいいの)
その手を桐吾は無表情のまま握り返す。深刻になっていた澪はハッと顔を上げた。
「契約しただろう? 澪は俺の妻だ。これはその範囲にすぎない」
そう言った桐吾の瞳は強い光で澪をとらえる。
(――冬悟さん)
何故かもういない人を思った。胸が苦しい。
桐吾はさっさと店員を呼び、澪の足のサイズを測らせた。なすがままに椅子に座っている澪は、自分の〈夫〉だという人のことをあらためて見上げていた。