明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
(ううん、あの人じゃない)
澪は小さく後ずさった。
背が高いし、いつもの着物ではなく異人さんのような服だ。ラフなパンツでジャケットの下はTシャツ――こんな格好は澪の生きていた明治の御代にはない。猫を抱く腕にちょっと力が入った。
「ごめんなさい……人違いだわ」
「いや。何故、俺の名前を知っている?」
とうご、と呼ばれて男は眉間にしわを寄せた。久世桐吾。それが彼の名前だ。
桐吾にしてみれば顔色が変わるのも仕方なかった。あたりが靄に包まれたと思ったとたん目の前に着物姿の女が現れ、そのうえ名を呼ばれたのだから。
「え、本当に冬悟さん? ――嘘、あの人は死んだはず」
澪は目をまん丸にして桐吾を見つめた。
(そういえば、ここどこ? それに白玉や冬悟さんだけじゃないわ。私どうして生きてるの?)
――今、澪がいるのは明るい林だった。さらりとした風が秋を告げている。梢が揺れるたび落ち葉がハラハラと澪の上に散りかかった。
すぐ後ろを見れば、祠が壊れていた。
低い石の台座から崩れ落ちた祠は古く、木製の屋根も扉もボロボロだ。