明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
 うろたえる澪を見返しながら、桐吾は落ち着いた声を掛けた。

「俺は死んでない。澪姫の知る〈トウゴ〉というのは、別人じゃないか」
「……あの、さっきからその〈姫〉って。やめてくださいな」

 澪は落ち着かなげに視線をさまよわせた。

「私、ただの名主(なぬし)の娘だし……」
「名主……本当に澪姫なんだな?」

 桐吾はあらためて澪の全身をまじまじとながめた。
 やわらかな柿色の地に流水文様の着物。川の流れに白や黄檗(きはだ)の小菊が散る意匠だ。和服姿は令和でもあり得るが――澪は日本髪を結っていた。となると、やはり。

 ――澪姫。それはこの地に伝わる祟り神の名。
 百五十年ほども前、明治初期の没落名主の娘だという。池へ身投げして死に、家を乗っ取った男を祟った末に調伏された伝説が残っていた。
 祟り神〈澪姫〉は祠に封じられたはず。その祠が壊されたことで、この世に顕現したのだろうか。

「だから〈姫〉って呼ばないで? そんなの恥ずかしい」

 やや頬をふくらませて澪は抗議した。その様子は親しみやすく、とても祟り神と怖れられた女には見えない。
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