明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
  ✿

 車で出勤する桐吾は、愛車の中にいつもと違う香りを感じ戸惑っていた。

(これは、澪?)

 一度乗せただけなのにくっきり残された気配。だがそれが嫌ではない。今はハンドルを握っている手に、澪の細い指のやわらかさを思い起こした。

(俺はどうして澪の手を取った)

 夜の雑踏で、澪は途方に暮れて見えた。ただひとり、ぽつんとたたずんでいた。それがたまらなかった。

(どこにもやらない。俺がいる)

 ――そう衝動的に手を引いた。

(いや、許婚だった冬悟のことにも苛立ったのか、俺は)

 とうに死んだ男に感じる妙な感覚は嫉妬なのだろうか。今は桐吾の〈妻〉であるはずの澪への独占欲だとでも?

 初対面から澪には不思議としっくりなじむ感じがあった。これはどういうことだろうか。
 だいたい〈祟り神〉と契約するだなんて、いつもの桐吾ならあり得ない。八百万の神だの妖怪だの、文化的に興味深いとは思うが目の前にあらわれるわけないじゃないか。
 なのに澪のことはすんなり受けとめている。そんな自分が信じられなかった。

「――澪」

 突然手に入れた〈妻〉。
 ただ見合いを断る方便のつもりだったが、他の男からの視線がうっとうしかったのも事実だ。

(俺は、澪本人に惹かれているのか――?)

 まさかそんなことが。桐吾は小さく首を振る。
 出会って間もない女だ。しかも祟り神。どういう存在なのか、よく見極めなくては。

 桐吾は仕事用に頭を切り替えた。
 社屋地下の専用スペースに駐車し降り立った顔は、いつもの冷徹部長のものだった。

< 30 / 177 >

この作品をシェア

pagetop