明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
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降りたのは大きなターミナル駅だった。まごまごする澪をチラリと見た桐吾が肘を差し出す。
「つかまれ」
人混みに慣れない澪は、放っておけば転ぶか流されていくかだ。せかせかする人々に目が回りそうで、澪は恥ずかしがる余裕もなく桐吾にしがみついた。はた目には仲良く腕を組むカップルだ。
(……ただの迷子防止なのが、なんとも)
桐吾は複雑な気分になった。
だが「複雑」とはどういうことだとも反省する。澪に感じる奇妙な親近感は桐吾の一方的なもの。「面倒みるから契約しろ」と迫り押しつけただけなのはわかっている。
夫婦をよそおうこの関係は本気ではなく――澪の心が今どこにあるのかわからない。
(そうだ、澪の許婚が亡くなったのは百五十年前。だが澪の中の時間ではまだ一年も経っていないのでは?)
思い至って愕然とした。澪は許婚の喪に服している間に身を投げたはず。
白玉の死と合わせて世をはかなむほどに好いた男だったのだろう。その恋を忘れているはずもないのに、こんな役目を押しつけたことを後悔した。なんて無礼だったのか。
(……そのあたりの気持ちを確認しよう。やむを得ない場合以外、手を触れるのも控えるべきか)
令和の世なら女性をエスコートするぐらい当然だが、それも不躾だったかもしれない。澪は貞淑な明治の娘なのだ。
――もしや嫌がられていたのでは。そう考えると胸がモヤモヤした。
(澪との恋人ごっこ、俺はわりと気に入っていたらしい――)