明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
 澪だってそうだった。
 親が結婚を決めるのが普通の時代。その相手が飼い猫を振り払って殺したぐらい、死ぬほどのことかと思われただろう。
 だけど澪は悲しかった。愛した何もかもが手のひらから零れ落ちた気がした。もう無理。そう思ったのだ。

「……久世がつぶれたら、桐吾さんだって困るでしょ? いいの?」

 ごまかして別のことを訊いた。桐吾が振り向いて片眉を上げる。
 うつむきながら上目づかいに空気をうかがう澪。桐吾は手を伸ばしあごを上げさせた。恥ずかしげに逃げられかけたので、壁と腕で囲み捕まえる。
 桐吾がそうしたのに理由なんかない。そうしたくなったからだ。強いていえば澪が逃げたからか。
 おろおろと身をすくませた澪が小動物のようでそそる。間近に見おろして迫った。

「久世を、祟ってくれるのか?」
「うっ……できるかどうか、わからないけど」
「――俺なら大丈夫。建築士資格も持ってるし、経営も少しは学んだ。どこに行ってもやっていける」

 もう祖父に庇護されるだけの子どもではないのだ。桐吾の自信ありげな微笑みがすぐそこで、澪は見とれた。


 ――そして、秋刀魚は焦がした。澪が目を離した隙に何故か黒くなったのだ。豚汁は美味しかったが、味をととのえたのは桐吾。澪が茹でた青菜はくたくたで歯ごたえが悪い。

「……私、お料理しない方がいいかしら」

 桐吾が沸かしてくれた風呂で伸びをしながら、澪はひとりごちた。


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