明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
見合いの相手
✿ ✿
「――部長」
昼休み、離席し外に出た桐吾を追ってきたのは高橋華蓮だった。
建ち並ぶオフィスビルの谷間。落葉するケヤキの葉がサラサラ鳴る。そこかしこに置かれたベンチのひとつを見つけて桐吾は腰をおろしていた。膝に置いたのは、澪が握ってくれたおにぎり。
「なんだ高橋」
きれいなハンカチに包まれた弁当に気づいた華蓮は言葉に詰まった。「澪」という女性とはうまくいっているらしい。
「あの――今週末は部長の予定を空けるよう指示されておりまして」
「ああ常務からか。私的なことなのにすまないな。出張でも入れたかったか」
「いえ。差し出がましいのは承知なのですが……お見合いだと聞きました」
「……そうか」
華蓮の表情が強張っているのは澪の存在を知っているせいだと桐吾は判断した。
有能で自立した女性の華蓮のこと、澪を妻のようなものだと断言したくせに見合いをするとは何事だと正義感に駆られたのだろう。
「澪のことだな?」
「は、はい。その……」
「いや、気持ちはわかる。正式に親族に話を通していなかった俺が悪いんだ。見合いはしっかり断るつもりだから安心してくれ」
桐吾の口ぶりはいつもと変わらない。冷徹部長・久世そのままで――。
(仕事と同じ調子――それほどに大切な女性なのか)
華蓮は深くショックを受けて泣きそうになった。唇をかんで我慢する。
憧れている桐吾のことだから、わかった。
いつも冷静で実際的で、容赦ない指摘と物言いの桐吾。だけどけして冷たいわけではなく、仕事で結果を出すために真剣なだけ。秘めた熱い志が素敵だと華蓮は思う。
(そういう情熱を、仕事だけでなく澪さんへも向けているのね――)
敵わないのか。華蓮は力なく微笑んだ。
「そういうことでしたら……」
「心配かけたな。そうだ、澪が君にお礼を言っていた。とてもセンスがいいと。その節はすまなかった」
「いいえ。どうぞ澪さんとお幸せに」
とぼとぼ戻っていく華蓮を見送り、桐吾は首をかしげる。
(なんだか今、がっかりされたような?)
仕事はできるが、自分に向けられる恋情にはうとい男。それが久世桐吾だ。
(まあいい。休憩の時間だ、切り替えよう)
華蓮はビジネスにおける部下であり、それ以上でも以下でもない。
そして今の桐吾にとって最も重要な案件――澪の塩おにぎりは絶品だった。