明治女子、現代で御曹司と契約結婚いたします
「澪……」
「ん……」

 身じろぎした澪はスリ、と桐吾に甘える。それは――たんに寝心地のいい体勢を探しているだけだった。すぐにまぶたが落ちる。
 すう。すう。

「――」

 安らかな寝息。桐吾は暗澹となった。あおるだけあおられて、おあずけか。

(くっ――だけど手出しは)

 眠る澪に勝手なことはできない。欲しくないと言えば嘘になるが、それ以上に大切にしたかった。

「まったく――のんきな奴め」

 自分を抑えた桐吾はそっと澪を横たえる。今日はここで寝かせておこう。だが。

(唇ぐらいなら、奪ってしまっても)

 傷跡になるわけでもなし。〈夫〉から〈妻〉への想いでしかない。
 そう考えた桐吾はあらためて頬を寄せた。なのに――軽く唇を触れたのは、澪の口の端のすぐ横。ちゃんとしたキスなどできなかった。

 澪にはすべてを覚えていて欲しいから。
 桐吾が刻み付ける何もかも――初めての口づけのことも、ぜんぶ。
 だから今はおあずけでいい。そう思った。


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