拝啓、元婚約者様 捨てた私のことはお構いなく
 「俺はシェリー以外、そばに置く気はない」

 その声は、先ほど話したホークのものに聞こえた。

「……そうか。ホークは本当にシェリーを大切にしているよな」
「命の恩人だからな。当然だろう?」
「まあ、そうだな。夕食前に会いに行くのか?」
「そのつもりだ。俺の手から食べる姿が愛らしいんだ」
 
 ホークと会話する男性の声には聞き覚えがないので、まだ紹介されていない人だ。
 
(シェリーって、女性の名前よね?)
 
 シェリーはヴィットーレでは平民の女性によくある名前だ。ヴィットーレ語で『心地よい風』という意味を持っている。
 
(つまり、シェリーさんはホーク様の恋人ってこと?)

 フィーヌは考える。そして導き出した結論はこれだ。
 
 ホークにはシェリーという平民の恋人がおり、彼は彼女一筋である。だが、高位貴族である辺境伯と平民では身分が違いすぎるため、結婚することはできない。
 しかし、辺境伯家の当主であるホークには結婚して嫡男を残す義務がある。
 そこでホークはシェリーを愛しながらも、表向きの辺境伯夫人として子を成すための適当な人間を探していた。
 ちょうどそこにバナージの一件が発生し、これ幸いとフィーヌに求婚したというわけだ。

 「……上手くやっていけそうだと思ったのは、勘違いね」
 
 そんなことは露知らず、ほいほいと嫁いできた自分に嫌気がさす。
 貴族が愛人を持つのは珍しいことではないが、結婚当日、ましてや到着直後に知るのは心理的ダメージがあった。
 
 どれくらい経ったのだろう。ソファーに座ったままぼんやりとしていると、コンコンと部屋をノックする音がした。

「はい」

 返事をすると、カチャッとドアが開く。
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